表題番号:2013A-924 日付:2014/04/11
研究課題イタリア自由主義期における選挙制度改革と国民国家の再編に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学総合学術院 教授 池谷 知明
研究成果概要
 申請者は、1848年に制定されたサルデーニャ王国選挙法(統一後はイタリア王国選挙法)および選挙資格が緩和された1882年選挙法を国民国家形成の観点から研究してきた。本研究は、こうしたイタリア自由主義期の選挙制度研究の延長線上に位置づけられる。
 研究は、これまで収集してきた文献、資料の精査および9月に行ったローマの議会図書館、国立図書館などでの調査とその際に新たに収集した文献、資料の精査を中心に行った。
 本研究に先行した1882年選挙法に関する研究で、同法が初等義務教育と選挙権を関連づけることによって有権者の創造と国民国家形成をめざしていたことを明らかにした。初等義務教育の実施に伴って増加していた有権者は1890年代に減少に転じた。その理由を考察することが、本研究の第一の目的であった。
 通説的理解によれば、有権者の減少は当時の首相クリスピらの反動的な権威主義的な政策の結果とされる。この時代に行政改革が進められ、首相権限の強化、議会に対する政府の優位、知事の権限強化による中央集権体制の強化が行われ、南部での民衆の政治・社会運動、北部で高まった労働者運動が弾圧された。有権者の減少は、選挙権資格の精査、つまり初等義務教育修了程度の識字能力資格が厳密に精査されたためであったが、この精査もクリスピの権威主義的政治に結びつけられ、代表を抑える反動的政策として理解されてきた。
 こうした通説に対し、本研究はクリスピおよび当時の政府指導者の意図が、精査を通じ公益、国益について考えることができる有権者の創造を企図したものであり、言わば国民国家の再編の意図に基づくという観点から下院議事録等の精査を通じて研究を進めた。
 しかし、本研究を進めていく過程で、以下のような課題が浮上した。すなわち、有権者資格の精査に公益、国益を考えることができる有権者の創造があり、それら有権者を通じてのイタリアの近代化、強大化といったクリスピらの意図があったとして、それがなぜ一般国民に伝わらなかったのか、改革が成功しなかったのかという問題である。初等義務教育修了という、言わば「事実上の男子普通選挙権の成立」(選挙権拡大に反対する自由主義者は1882年選挙法をこのように評していた)にも関わらず、投票率は上昇しなかったが、それはなぜかといった問題(19世紀の下院選挙(上院議員は任命制)での得票率1882年選挙時の投票率は60.7%をピークとして、クリスピによる選挙資格「精査」後も60%を超えることはなかった)である。低投票率の一方で、南部での民衆運動、北部での労働運動が高まっていたが、それは選挙が代表回路として機能していなかったことを意味しているとも言えよう。
 こうした課題が浮上したため、1912年の男子普通選挙権成立までの過程をトレースしようとした研究計画を修正し、政治指導者の観点に加え、選挙(制度)を拒否した反発した民衆の論理、メンタリティを追究することとした。さらなる資料、現地調査が必要なため、2014年度特定課題研究助成費を申請した。19世紀末のイタリア選挙制度改革を重層的かつ立体的に考察する予定である。