表題番号:2013A-845 日付:2014/04/09
研究課題アジアの近代化とルソーの受容:近代日本におけるルソーの教育思想の受容を読み直す
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教授 坂倉 裕冶
研究成果概要
 本研究は、すでに検討した『エミール』の最初期の日本語抄訳3点(佛國文豪ルツソオ元著『児童教育論』菅學應抄訳、文遊堂、1897年。ジャン・ジャック・ルソウ著『エミール抄』山口小太郎、島崎恒五郎訳、開發社、1899年/ルッソー『人生教育エミール』三浦關造譯、隆文館、1913 年)の検討をふまえたうえで、次の3点の訳本について検討する構想であった。

・山口、島崎の抄訳を中島端蔵 (斗南、1859-1924) が漢文(古典中国語)に重訳した版本。
(法國)約罕若克盧騒著『教育小説愛美耳鈔』(日本)山口小太郎、 島崎恆五郎譯、(日本)中島端重譯 (上海、教育世界出板所、全2冊、1901年)。
・英語に基づく初の日本語全訳。
ルーソー『エミール教育論』内山賢次訳、洛陽堂、1922年。
・フランス語原文をふまえた初の日本語全訳。
ルソー『エミール』平林初之輔、柳田泉共訳、春秋社、2冊本、1924年。

 検討作業は、訳業の背景となる資料の探求(訳者の経歴や学問関心などをふくむ)と、各々の訳業の底本の確定、底本との異同箇所の検証とを軸として開始した。作業過程で、次のことが明らかになった。内山、平林らの訳業は、出版社を変える毎に改訳されており、相互に影響関係が認められることから、双方とも3点を比較考量する必要がある。すなわち、内山訳については、洛陽堂版に加えてアルス版(『エミール全訳』1925年)と改造文庫版(全2冊、1929年)を、平林、柳田訳については、平林の単独訳として出版された春秋社版(1927年)、岩波文庫版(全5冊、1927-1933年)をあわせて検討すべきことが明らかになった。とくに、内山は改訳の際、平林訳を頻繁に参照、参考にしている可能性が高いことが判明した。内山はさらに、ほぼ同時期に現れた抄訳についても参照している可能性が高く、この時期に現れた抄訳2点(『自然の子エミール』〔抄訳〕、田制佐重訳、文教書院(新訳世界教育名著叢書6)、1924年/ルソー原著『懺悔の教育 (エミール)』林鎌次郎訳、目黒書店(「教育思想精華選」第4巻)、1924年)もあわせて検討する必要があることが明らかになった。これら、比較検討すべき一次資料のうち、早大図書館に所蔵していない版本については、古書にて購入、あるいは、複写物によって入手することで揃えることができた。以上から、翻訳の典拠となった英訳、ドイツ語訳、フランス語の普及本に加えて、現代のフランス語校訂版も含めると、合計で14点のテクストを並べて比較検討することとなった。瑣末な異同箇所から重要な手がかりが得られることもあり、比較検討作業には予想をはるかにこえる時間がかかり、本年度中には『エミール』全体の10分の一程度を検討しえたにすぎない。しかし、本年度中の作業を通じて、上述の版本を比較考量するのための指針はほぼ確立できたと考えている。次年度以降は作業の効率化をはかり、全体で3年間という当初にたてた計画の期間中には検討作業を完了し、成果を論文にまとめたいと考えている。
 中島端蔵の漢文訳については、当初の研究計画を立てた際には、国内での所蔵は京都大学人文科学研究所の1件のみと認識していた。ところが、当該資料の所蔵図書館が改装工事のため、本年度中の資料利用はきわめて困難であることがわかった。幸い、中国出身の早大教育学部助手、姜華氏の協力によって、一橋大学図書館が所蔵していることがわかり、同図書館のご好意により、デジタル・カメラによる全頁の撮影が許可された(ただし、同図書館の所蔵本には、2箇所、頁の一部に破損があり、判読できない文字があった。後日、京都大学所蔵本により補う予定である。)これにより、底本となった山口、島崎訳との比較検討作業が可能になり、本年度中に全体の3分の1ほどの検討が終了した。これまでのところ、底本と明示している山口、島崎の抄訳以外の版本を中島が参照した形跡は認められない。ただし、この訳本成立の背景を明らかにするためには、中国語の資料、先行研究も調査する必要性があり、中国出身で漢籍に通じている博士後期課程に在学中の留学生に研究補助をお願いした。