表題番号:2013A-833 日付:2014/05/11
研究課題イタリアの作家を知る―マルチメディアでたどる ディーノ・ブッツァーティの足跡
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 准教授(任期付) ウジッコ フランチェスカ
研究成果概要
(序)
イタリア語専攻以外の学生が、1年次終了後もイタリア文化に対し関心を持ち続け、多様な中級クラス、上級クラスにおいて、更なる学習を継続していけるよう導くことも重要な課題である。
「会話」及び「実践」という運用原語としてのイタリア語習得に続き、大学レベルであるイタリア文化の「理解」に至るには、要となる言葉の意味をより深く追求する姿勢が必要だろう。
情報社会に生きる若い学生をこのような「学び」に導くためには、彼ら若い世代に向けた新鮮で多様なアプローチの方法を開発すべきと考える。
 学習初期段階からの音声、画像、映像等の視聴覚教材を駆使した多角的なインプットにより、学生は広範な知識を身につけていく。さらには文化、文学、芸術全般に対する強い好奇心を喚起され、その好奇心は学習が進むにつれて多様な選択肢が用意されている本学の、分野別コースや中級コース、上級コースにも反映されると私は確信している。

(授業実施時期)
・早稲田大学2013年度秋学期
「イタリア語を読む1(文学・社会)」(EUレベルB2)
「資格を目指すイタリア語」(EUレベルB2/C1)
・イタリア文化会館
「文章分析と読解」(EUレベルB2)
「CILS(イタリア政府公認検定試験)準備コース」(EUレベルC1)

(教材の選択/授業計画立案時の検討要素)
実施した各コースはそれぞれ、90分授業が10回というカリキュラムであるが、その中でブッツァーティと彼の作品を取り上げている。
“Ragazza che precipita(墜ちる娘)”は1962年に発表された絵画付きの短編である。上昇志向で気の強い娘、マルタは、自ら窓の外へ身投げする。この主人公は、望みを叶えたいと先を急ぐあまりに目の前にある真実を見落とす人間の象徴である。
マルチメディアを利用した教育プログラムとしてテキスト、イラスト、ビデオ、音声などを効率よく順序立てて構成する。

1.生徒のイタリア語習熟レベルによっては原文理解の助けとするための別の材料も準備する
2.文章の長さや使用単語といったテキストのスタイル
3.言語テキストのレイアウト方法
4.記号、文字サイズや使用フォント、挿絵の使い方(形、色、パラグラフごとのアクセントの置き方、スペースの用い方)

 上記の点を吟味した上で、動画資料とテキスト教材を平行して用いる授業計画を立てた。
まず前半1回目で、本文中に出て来る語彙や文学作品の学習に欠かせない表現、たとえば「評論」「記事」「童話」「小説」「脚本」「戯曲」「マンガ」といったような単語を予習。次の2回で作品に関して書かれた文章を読みディスカッションする。ここで用いるのは、Cristina Palmieriによる評論“Dino Buzzati. Storie scritte e disegnate(ディーノ・ブッツァーティ 文字と絵による物語集)”である。さらに次の2回ではブッツァーティ作品に出てくる表現を用いて受動態や接続詞・副詞などの用法について説明を行う。
 カリキュラム後半で“Ragazza che precipita”に関するインタビュー映像(1962年イタリア国営放送「ブッツァーティと出会う」)を使用する。これはブッツァーティ自身がこの作品について説明している動画である。この映像の音声テキストを空所補充問題形式にした教材を配布、学生はこれを使い、前半の授業で学んだ内容と結びつけて全体の内容を詳細に聞き取ろうとする。
さらに後半では “Ragazza che precipita”の原文を宿題として与え、読ませる。それまでの授業で使った教材や、空所補充をしながら何度も観た映像といった、読解の前提となる知識や記憶を用いれば、一見難解に見えるこの原文も読み進めることができる。こうして学生は最終的に、自分自身の進歩や学習到達度に気づき充足感を得られる。

<成果>
 評論“Dino Buzzati. Storie scritte e disegnate(ディーノ・ブッツァーティ 文字と絵による物語集)”は、その特徴的なタイトルだけでなく、イラストの的確な選択と配置による視覚的効果ゆえに、最初から学習者の関心を強く引きつけた。学生たちはブッツァーティの芸術の根本にある問いに直面しながら、また、ウェブ上でブッツァーティ自身による他のイラストを見ながら、より広範で深い理解へと導かれた。結果的にはさまざまな視覚コミュニケーションの手法について自発的に評価し判断するに至った。
学期の終盤で設けたフリーディスカッションの時間には、学生たちの活発な意見交換が見られ、「マルチメディア」と人間との関係性といったことについてまで議論がなされた。即ち教育メソッドとして導入した手法そのものも、授業中の論議の対象となり、さらに、学生一人一人が自分の経験を踏まえた上で一般的な日本人の日常生活について振り返るきっかけともなったのである。

 学期末に学生に対して実施した授業に関するアンケートでは「イラストや写真、オーディオ教材の活用が特に良かった」という多数の回答を得ている。
資格取得においても授業を通して身につけた文章分析力・読解力が役立っていることは明白である。