表題番号:2013A-826 日付:2014/03/29
研究課題『新撰万葉集』の仮名文字データベースの作成とその分析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 助手 澤崎 文
研究成果概要
 本研究課題では、平安時代の漢字万葉仮名交じり資料である『新撰万葉集』について、そこに使用される万葉仮名のデータベースを作成し、分析をおこなった。底本には寛永七年版本(増田繁夫監修・杜鳳剛編『新撰万葉集総索引』に所収の影印)を用い、主に次のような項目を情報として確認し、整理した。

  ①仮名の使用箇所(巻・丁・歌番号)
  ②使用字母
  ③あらわす音節
  ④音仮名か訓仮名かの区別
  ⑤その仮名の前後の文字がどのような用法であるか

 平安時代においては、すでに平仮名や片仮名が成立していたが、『新撰万葉集』では漢字万葉仮名交じり表記が採用されている。平安時代の平仮名表記や、例えば『日本紀竟宴和歌』のような一字一音の万葉仮名表記では、その字母に音仮名出自のものと訓仮名出自のものが交え用いられており、特にそれらを区別する意識は見られない。しかし、『新撰万葉集』においては音仮名と訓仮名とで用いられる箇所が異なり、明らかに区別する表記意識が確認できた。具体的には、訓仮名は音仮名よりも訓用法の文字(正訓字もしくは訓仮名)の直後に用いられる割合が高く、音仮名は訓仮名よりも音用法の文字(音仮名)の直後に用いられる割合が高い結果となった。これは、訓用法の文字の直後に置かれる文字はそれも同様に訓よみされやすく、反対に音仮名の直後に置かれる文字は音よみされやすいため、文字の音訓を表記する箇所によって示し、よみ間違えないようにする工夫であると考えられる。
 このような表記の傾向は、上代資料の『万葉集』における漢字万葉仮名交じり表記である訓字主体表記にも同様に見られる。両者を比較することによって、上代、平安時代を問わず、また平仮名の成立の有無に関わらず、漢字万葉仮名交じり表記には文字を音よみで用いるか訓よみで用いるかという表記意識があることが明らかとなった。漢字万葉仮名交じり表記は一見して漢字ばかりが並んでおり、その文字が正訓字か訓仮名か音仮名かといった文字の用法や、音よみすべきか訓よみすべきかといったよみかたについて、指標となるような記号が付いているわけではない。文字を使用する際にその表記環境に配慮することが、それらを見分ける一種の指標となっていることを確かめることができた。
 なお、作成したデータベースは整理の上、何らかの形で公開することを検討している。