表題番号:2013A-825 日付:2014/04/03
研究課題英国16世紀末から17世紀初頭に於ける戯曲と検閲の実態
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 助手 梅宮 悠
研究成果概要
 「復讐」というキリスト教の概念によって禁止されていた行為を、作品の中に取り込んだ戯曲が、今日では復讐悲劇と呼ばれている。このジャンルの中には英国エリザベス朝演劇からシェイクスピア(William Shakespeare)の『ハムレット』(Hamlet)や、それの誕生のきっかけになったとも言われる、トマス・キッド(Thomas Kyd)の『スペインの悲劇』(The Spanish Tragedy)が含まれている。本研究に於いては、16-17世紀の復讐悲劇の先駆けとも考えられながらも、日本で余り論じられることのないトマス・ノートン(Thomas Norton)とトマス・サッカヴィル(Thomas Sackaville)共作の『ゴーボダックの悲劇』(Tragedy of Gorboduc)を取り扱う。
 1562年初演の『ゴーボダック』の作者は、シェイクスピアのように座付き劇作家ではなく、国の中枢に身を置く政治家としての側面も持ち合わせていた。その彼らが「復讐」に触れる戯曲を初めて世に送り出した理由は当然のように明らかになっていない。先行研究では作品中の政治的な一面、即ち、君主が国を的確に統治するために必要な判断力の有無が強調されている点が、繰り返し論じられていた。そこで本研究では、どのような劇的手法が用いられることによって、作中から復讐行為が影を潜めさせられることになり、代わりに政治的側面が表立ってくるのかを探る。
 シェイクスピアたちの活躍した1600年代末期から1700年代初期の戯曲では「黙劇」が活用されることもあった。これは元々ギリシア劇やローマ劇からの伝統であるが、『ゴーボダック』が古い慣習に近い形式であるのに対し、シェイクスピア等は別様の使い方をしている。具体的には、『ゴーボダック』が黙劇に続いて演じられる幕の前説明をパントマイムで示している一方、シェイクスピアは作中人物が目的達成の糸口を掴むための手法として、あたかも実在の人物かのように、黙劇を利用している。この形式の差異を見つけ、戯曲の細かい精読を行うことによって、『ゴーボダック』では黙劇部分と、台詞によって展開される本編部分の役割分担が明確に行われていることが明らかになった。
 黙劇のパントマイムで兄弟間の争いや葬儀の模様を示し、台詞の部分の大部分が登場人物同士の議論に費やされている。そして、この議論の内容が先にも触れた政治的な事項に他ならないのである。先の研究を見ると、君主の姿勢を問うことが作家たちの目的であったと解することも否定することは出来ない。しかし、復讐行為が表立たない理由としては、慣習的な黙劇の活用により、行為と言葉が二分割され、結果として分量の多い言葉の箇所の政治性が強まることとなったと結論付けた。