表題番号:2013A-824 日付:2014/04/11
研究課題電子書籍時代の文芸作品についての基礎研究と批評
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 准教授 市川 真人
研究成果概要
「電子書籍時代の文芸作品についての基礎研究と批評」をテーマとした本研究では、「電子書籍元年」と目された2010年から現在のあいだに電子書籍(ソフトウェア)として刊行された文芸作品のなかから、いくつかの傾向にわけて作品を抽出し、それらの比較評価を行った。
 さまざまなフォーマット(規格)が競合した2010~11年は、各規格の特色を生かしたリッチ・コンテンツ(紙版には存在しない機能を多様に備えた電子コンテンツ)が試みられる一方、各フォーマットが読者の囲い込みによるデファクト・スタンダード化を狙って独占コンテンツの確保を試みた結果、リッチ化の方向性やプラットホームによる作品の多様性が目立った。その反面、紙の書籍では所与の前提である流通や形式の互換性が欠かれた時期でもあった。
 ところが東日本震災を挟んだ2012年以降、電子書籍のコンテンツの多くは、一点してプア化(シンプル化)の方向性をたどることになる。言わば、紙をスキャンしてとりこんだPDFに(実際にはもちろん、近年めだって普及したDTPの過程で生じたデータから書き出されているが)目次やメモといった最小限の機能を載せた程度のものが大半を占めてきた、ということだ。
 後者の理由には、現実的には東日本震災後の日本の出版・書籍誌上の急速な収縮による開発コストや新規フォーマット開拓マインドの縮小に加えて、電子書籍フォーマットのシェアがAmazonのKindleを中心にいくつかに絞られていったことなどが考えられるが、より原理的には、「従来あった「書籍(雑誌を含む)」が電子化にともなってさまざまに変化し多様化してゆく」という電子書籍発足時のイメージが、普及とともに横滑りしたことが挙げられる。
言わば、「従来「書籍(雑誌を含む)」とひとくくりにされていたジャンルが、「WEBサイトやスマートフォン(あるいはタブレット)のアプリに移行するもの(移行するほうがより利便性を増すもの)」と「従来どおりの「書籍」のイメージに残存するもの」とに分裂したわけだ。結果、前者はわざわざ「(狭義の)電子書籍」の形態をとらずによりボーダレスなアプリケーションへと吸収されてゆき、後者は必要最低限のリッチ化とともに「紙でも、電子でもそう変わらず読めるもの」として紙と電子両方のフォーマットで同じものが供給されるようになった。
 そのことは、創作そのものの方向性にも見られる。初期にはさまざまな試みがなされた(主として、紙ですでに成立されていたコンテンツを、ギミックや要素を増やすことで電子独自のものとしようとしていた)電子書籍上の作品だったが、実売数が開発費に見合わないこともあり、あくまでも紙で(従来と変わらず)成立するカタチで行われた創作が電子化もされる、という主客逆転が生じた。結果、電子書籍上の(文芸)作品の特徴は、「早く届く(読める)」あるいは「検索が容易である」といった、作品の独自性とは無関係なセグメントに生じることとなった。
 とはいえ、もちろんそうした目の前の現実に則した傾向だけで「電子書籍」が語りきれるわけではない。教科書の電子化などによって遠からず訪れる「紙の本」とは無縁な世代が、創作行為を行うようになったとき、紙のアーキテクチャに縛られることのない作品群が生まれることは現時点でも容易に想像できる。そしてそのとき初めて(電子書籍の黎明期とは因果関係が逆転して)WEBやアプリなのかそれともあえて「(電子)書籍」なのか、という問いが彼らによって、フラットになされるに違いない。
 本研究は、そうした問いを先取りしオリジナルの試作品として実装することを目的に(また同時に、電子書籍市場の先行発達した海外の事例調査を行いながら)、2014年度から3カ年にわたる科研費助成研究へと発展してゆく予定である。