表題番号:2013A-6409 日付:2014/03/13
研究課題ヒトの移動運動における制御機序の課題特異性の同定
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) スポーツ科学学術院 教授 彼末 一之
研究成果概要
 「歩く」や「走る」に代表されるヒトや動物の移動運動動作は中枢神経系における特殊な神経機構によって生成される。またそのような神経機構にはある種の階層性が存在することが近年の動物実験によって明らかにされてきた。例えば、同じ筋肉を使用する魚の泳ぎでも、泳ぎ方の違いによって動員される脊髄の神経細胞群は異なるものである。
ヒトでも同様の階層性が存在する可能性が間接的な手法を用いた実験系によってごく最近示された。一定時間に及ぶ運動の継続によって中枢神経系に生じる「慣れ」を基盤としたものであり、異なる運動間における慣れの共有の有無はすなわち、各々の運動の遂行に内在する神経機構の共通性、もしくは個別性を示している。それぞれの運動を構成する神経機構がどのように成り立っているのか知ることはスポーツやリハビリなどのトレーニング戦略にとって重要であり、様々な移動運動についてさらに詳細に調べることが必要である。しかしながら、従来の実験系は慣れを誘発するための非常に大がかりな機器を必要とし、ごく限られた機関でのみ取り組みが可能なことから、より簡易な実験方法の確立が急務であった。そこで本課題においては、効果的に慣れを誘発するための簡易な外乱装置と関節角度計を用いた簡易な測定法の確立に取り組んだ。既にその個別性が明らかとなっているヒトの歩行と走行を対象の課題とした。
 歩行または走行中の足部にゴムバンドを用いた力学的制約を課すと、その初期では運動パターンが大きく乱されるものの、時間経過とともに一定のパターンが獲得できる。すなわち慣れが生じる。その上で、制約を取り払うと通常の力学的環境であるにも関わらず通常通りの運動を遂行できない。力学的環境下でスムーズな歩様を実現するために生じた慣れがその後の通常環境下では異常な運動出力として顕在化した結果として捉えられる。しかしながら、歩行によって生じた慣れはその後、走行をしても顕在化しなかった。逆に、走行時に生じた慣れもまた、その後の歩行には影響しないことが、簡易なセンサーを用いた膝関節角度の変化より検出することができた。
 従来は大がかりな測定を必要としていた当該の研究分野において、このように簡易な系を確立しつつあることで今後、ヒトの移動運動動作に内在する神経機構の共通性や個別性に関する議論が今後は加速的に進んでいくものと期待できる。