表題番号:2013A-6369 日付:2014/03/11
研究課題近代の人口移動と都市形成に関する実証研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 教授 武田 尚子
研究成果概要
 本研究の目的は、「近代の人口移動と都市形成」をテーマに、近代都市の空間形成をめぐる人口的要因、軍事的要因について実証研究を進め、近代の都市計画との関連性について明らかにすることであった。国際的な比較研究の可能性を探るため、2013年10月27日~11月4日まで、イギリスのロンドンへ研究出張し、ロンドンのThe National Archives(国立公文書館)で、第一次大戦期におけるイギリスの人口移動と都市の軍需工場に関する資料の収集を行った。
 この研究出張によって、イギリス国立公文書館の資料を用いて、第一次大戦下のイギリスにおける軍需工場の女性労働者の実態と近代の都市形成の関連を明らかにし、国内および国外の多様なアーカイブの相互参照を進めて、国際比較できる可能性が高いことが明らかになった。
現段階では、イギリス国立公文書館の資料に基づいて、おおよそ以下のことが明らかになった。ロンドンに立地していた軍需工場の福祉面を管理していたのは、軍需省福祉部である。軍需省福祉部は、1915年12月の年末に設置された。ロイド・ジョージが軍需大臣の時期である。軍需物資の生産、検査に関わるすべての機関において、十全の労働環境が確立・維持されることを目的としていた。
 当時、軍需工場はかなりアブノーマルな労働環境だった。軍需物資の生産のために、本来の用途とは異なる利用・転用が広がっていた。そこへ大量の女性労働力が投入された。もともと男性労働者だけを前提としていた労働環境で、食堂やロッカー室などの設備や、通勤手段が整わないうちから、軍需物資の増産要求が加速、生産目標を達成するように厳しいプレッシャーがかかった。供給部からの緊急要請が入るなど、工場の操業はフル回転し、工場経営者・管理者は労働者の健康や福祉まで配慮する余裕がない状態が続いた。
 軍需大臣はこの状態を早く解消しなければ、生産効率が悪い上に、労働者に軍需工場で働くことを忌避されることを懸念した。
 1915年7月に「戦時軍需産業法(the Munition of War Act)」が制定され、軍需大臣は国営工場を管理する権限を有するようになった。1916年に「戦時軍需産業法(改訂)(the Munition of War Act -Amendment)」が制定され、軍需大は軍需省の管理工場についても権限を有することになった。政府は大量の労働力を雇用するとてつもなく大きな組織になったので、ロイド・ジョージは軍需省管理下の国営工場・管理工場の労働環境を高水準にすることは不可避の問題ととらえていた。女性の労働環境向上が緊急課題であるととらえていたが、ロイド・ジョージは福祉部の業務について、具体案をもっているわけではなかった。
 軍需工場の女性労働者の前職であるが、1918年時点で18~23歳だった女性の場合、戦争前に就いていた前職は工場労働者が約3割である。23~27歳女性の場合も、民間工場・軍需工場を合わせると50%が工場労働経験者である。召使など家事サービス労働の経験者も22.73%に及ぶ。軍需工場で働いていた女性は、労働者階級の出身である。