表題番号:2013A-6367 日付:2014/04/11
研究課題色彩と香りの調和関係による感性データベースに基づくアプリケーションシステムの構築
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 教授 齋藤 美穂
研究成果概要
1:背景および目的
本研究は、色彩と香りという感性情報を共通する印象次元で表現・整理し、それに基づき色と香りのふさわしい組合せを提案するためのアプリケーションシステムを構築するという着想のもと、研究を行った。近年、スマートフォンをはじめとするマルチタッチデバイスの普及は目覚ましく、これまで主流であったPC上での動作を前提としたアプリケーションよりも、より直観的な操作性を行うことが可能となっており、より身近に扱えるという利点もある。
また、色彩は独立した3つの属性を用いて明確に整理することが可能であるが、香りについては多様な次元によって構成されているため、単純なモデルで示すのは難しい。そこで、色彩と香りに共通する印象次元および色と香りの調和関係を用いて香りを整理するという発想のもとに著者は一連の研究を進めてきた。研究室でのこれまでの成果で得られたデータベースを利用して、本研究課題では、色と香りのふさわしい組合せを提案するためのアプリケーションシステムを構築し、その実用性の評価を行うことを目的とした。

2:アプリケーションシステムの構築
 アプリケーションシステムの構築にあたって、内部に実装する色彩1)、香り2)3)の実験データは先行研究のデータを使用した。
1)若田・齋藤(2012):心理的な香りの分類における、調和色・不調和色の検討 -PCCS表色系を用いたトーン系列、同一色相系列について- 、日本色彩学会誌、36(Supplement)、48-49
2)Wakata & Saito(2012): The impression of tones and hue in gradation of practical color co-ordinate system(PCCS), International Color Association 2012 Taipei, Taiwan ,322-325]
3)若田・岡田・駒野・長谷川・林・堀口・大沼・齋藤(2011):心理学的手法による香りの分類、日本味と匂学会誌、18(3)、575-578 

システムの構築にはObjective-C言語を利用し、タッチ操作が可能な端末であるApple社のiPod4Gで動作するものとした。システムに含まれるデータベースの内容としては[1]11トーン、無彩色および12色相で構成される24種類の色彩の印象評価データベース、[2]120種類の香りの印象評価データベース、[3]香りに対する調和色、不調和色のデータベースとした。
上記のデータベースに対するアクセスおよび出力として、次の2つのパターンを実装した[a]ユーザーが印象評価の値を入力し、その値に近似するデータを出力する、[b]任意の香り、色彩を選択してそのデータを出力する。
[a]ユーザーが印象評価の値を入力し、その値に近似するデータを出力する場合、香りと色彩の元の研究で使用している形容詞が全て一致するわけではないので、共通する14形容詞対(派手な-地味な、あたたかい-つめたい、陽気な-陰気な、落ち着く-落ち着かない、軽い-重い、明るい-暗い、甘い-甘くない、やわらかい-かたい、鋭い-鈍い、安定した-不安定な、澄んだ-濁った、はっきり-ぼんやり、淡白な-濃厚な)を用いて因子分析を行った。その結果5因子が抽出された構成する形容詞対からそれぞれ「CLEAR」、「MILD」、「EVALUATION」、「PUFFY」、「FINE」と命名した。さらに、これらの項目に「男性的な-女性的な」を加えた6項目をユーザーが入力する印象評価値とした。ユーザーが入力した値と上記6次元におけるデータベースの各刺激とのユークリッド距離を用いた距離を基に、最も印象の近い刺激を出力する。印象評価の入力画面は香り、トーン、色相とそれぞれ作成した。
[b]任意の香り、色彩を選択してそのデータを出力する場合、直観的な操作を考慮し、それぞれの属性ごとにインターフェースを変更した。香りについては12種類と数が多いのでTable表示とした。トーンについてはトーンマップを表示し、その上にボタンを配置した。色相については色相環を提示し、任意の色相を選択できるようにした。
出力画面については、香り、トーン、色相ごとに用意し、上記[a][b]どちらのパターンから出力しても同じ画面とした。出力結果については、香りと色の相互に調和、不調和な刺激を表示した。これらのさらに下位の画面として、香り、トーン、色相をそれぞれ選択する画面を作成した。
入力画面については、Tab based application を使用し、上記[a][b]と香り、トーン、色相の計6 tabとした。

3:予備調査1
 大学生10名を対象に、上記のアプリケーションを提示し自由に使用感の評価を行ってもらった。その結果[a]の場合、「評価項目が因子名ではわかりづらい」「項目がもっと多いほうがよい」という意見が多くみられた。また、評価に関する「EVALUATION」については、ネガティブな香りを求める場面は少ないという意見があげられた。香りの数についても「多すぎる」「出力結果で知らない香りがある」という意見も見られた。印象を入力する際にも、場面や細かいニーズによって求める香りが異なるという意見が見られた。

4:予備調査2
4-1:目的
予備調査1の結果を踏まえ、香りの数を選定する為のアプリケーションを構築し、調査を行った。
4-2:方法
ユーザーが入力する評価項目:因子は排除し、「好きな-嫌いな」などの評価性の項目を排除した15形容詞対(甘い-甘くない、女性的な-男性的な、つめたい-あたたかい、陰気な-陽気な、かたい-やわらかい、暗い-明るい、ぼんやり-はっきり、地味な-派手な、鋭い-鈍い、すっぱい-すっぱくない、濃厚な-淡白な、すっきりしない-すっきりした、落ち着かない-落ち着いた、重い-軽い、濁った-澄んだ) を用いた。
香り刺激:香り刺激については、次の3条件を設定した。1)全120種類を対象、2) ネガティブな印象の香りを排除するため、先行研究におけるデータベース内のSD法項目「好きな-嫌いな」(+3~-3で評価)について「どちらでもない」を示す0以上の値をとる34種類、3)「嫌い」なに含まれる「-0.5」以上の香り83種類とした。
場面設定:次の4場面(1好きな印象の香り、2リビングの香りとして使いたい香り、3寝室の香りとして使いたい香り、4自分自身が身に着けたい香り)を想定した質問を設定した。
手続き:3つの香り条件ごとに、アプリケーションを作成した。実験参加者は各アプリケーションで上記の4場面について、場面ごとの香りの印象を入力し、出力された香りについて、実際の香り(先行研究で使用した香りと同様のもの)を嗅ぎ、入力した印象との適合度を「とてもあてはまっている~まったくあてはまっていない」の7段階で評価を行った。香りによる嗅覚の疲労に考慮し、場面の間にはコーヒーの香りを提示した。
実験参加者:13名の大学生、大学院生(平均年齢21.6歳、標準偏差3.1)が実験に参加した。

4-3:結果
入力した印象と出力された結果の適合度については、83種類の香りを用いた場合は4つの場面全てで「当てはまる」と「当てはまらない」の境となる「4.0」以上の評価となった。120種類を用いた場合では、リビングのみが「5.0」であった。34種類の場合は、寝室以外は「4.0」以上の値となった。3つの香り条件の4つの場面ごとに検定値を「4.0」とした1標本の片側t検定を行ったところ、34種類の好きな(t(12)= 2.38, p.<.05)、84種類のリビング(t(12)= 2.55, p.<.05)、34種類の身につけたい(t(12)= -2.14, p.<.05) において有意であることが示された前者2つの条件については、平均値が4.0以上であることから、有意に当てはまりが良いことが示され、34種類の身に着けたいについては4.0を下回る値であることから、当てはまりが悪いことが示された。
 また、4つの場面ごとに、120種類、83種類、34種類の3つの条件において差が見られるかについて対応のある1要因3水準の分散分析を行ったところ、「好きな香り」(f(2, 24)= 3.53, p.<.05)「身につけたい香り」(f(2, 24)= 2.93, p.<.05)において有意差が見られた為、多重比較を行ったところ、「好きな」の120種類の香り(平均値:3.85)と34種類の香り(平均値:4.85)間(p.<.05)、「身に着けたい」の120種類の香り(平均値:3.00) と83種類の香り(平均値:4.15)間(p.<.05)において有意な差が見られた。
 「リビングの香りとして使いたい香り」、「3寝室の香りとして使いたい香り」においては、有意な差はみとめられず、「好きな香り」、「身に着けたい」香りについて有意差が認められたことから、ルームフレグランスとして香りを選択する場合には、データベースに数の多さは影響されず、好きな香りや身に着けたい香りについては他の条件と比べ120種類を用いた際に適合が悪いことが示唆された。上記の結果から、香りは83種類を用いることした。

5:まとめ
これまでの結果を踏まえ、香りの種類は83種類とし、評価項目は15項目とした本実験に使用するアプリケーションシステムを完成させることができた。今後については、当初の予定であるアプリケーションシステムの構築およびユーザビリティー評価および実場面における応用検証を行い、2014年9月に日本心理学会第78回大会での発表「色彩と香りの調和関係による感性データベースに基づくアプリケーションシステムの構築」および、日本感性工学会論文誌への論文投稿「感性データベースに基づくアプリケーションシステムを用いた色彩と香りの調和傾向提案システムの検討」を予定している。