表題番号:2013A-6360 日付:2014/02/27
研究課題湖底堆積物を用いた古地震記録復元に関する基礎研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 教授 井内 美郎
研究成果概要
日本列島は世界有数の地震の発生域であり,過去に大きな地震や洪水・土砂災害を経験している.自然災害の被害軽減のためには,過去に発生した地震・津波・洪水などの頻度・規模・被害範囲をより正しく認識することが必要である.歴史時代においては,これら自然災害の記録は古文書などの文献資料や災害記念碑などに残されている.しかし,先史時代においては,その記録すら残されていない.一方,湖底堆積物には自然環境の歴史が記録されているとされ,近年の研究では,湖水面変動や気候変動のほか地震・津波・洪水などの災害イベントについての研究もなされている(例えば,井内ほか,1993;井内,2000など).本研究では,湖底堆積物からイベント堆積物を検出し,その発生要因を地震起源と洪水起源に分類して歴史的な古地震や古洪水の記録との対応を検討することによって,古文書等に記録されていない,より古い時代まで遡って災害史の復元をする手法を確立することを目的とした.
本研究の対象とする猪苗代湖湖底堆積物「IWコア」は,猪苗代湖の湖心付近で最深部に近い,水深90.1mの地点において,2012年に福島大学により掘削された約30mの湖底堆積物のうち,表層部1.99mのコアである.この試料について色相分布・堆積構造の記載後,軟X線写真撮影,含水率測定,粒度測定などを行った.含水率は層厚0.5cm間隔,粒度は層厚1.0cm(イベント堆積物付近は0.5cm)間隔で分析した.
堆積物は暗緑灰色シルト質粘土が主体で,直径数ミリメートル以下の黒色の斑点が点在し,暗色部が縞状に分布する.湖底から深度35cm~43cmの層準は灰褐色のシルト層で,長瀬川の洪水による泥流と考えられている.深度178cmには榛名二ツ岳伊香保テフラ(Hr-FP:6世紀中葉),深度182cmには榛名二ツ岳渋川テフラ(Hr-FA:6世紀初頭)が確認されている.
軟X線写真でX線の透過がやや劣る暗色の層準は,通常の堆積層に対して相対的に含水率がやや低く,やや粗粒である.地震によるイベント堆積物は,砂層として肉眼で認められる場合,含水率プロファイルの極小値を示す場合,粒度プロファイルの極大値を示す場合,軟X線写真で暗く写る場合があり,多くのイベント堆積物はそれら単独または組み合わせで識別される.本研究では,軟X線写真で暗色部の層準と粒度プロファイルの極大値付近の層準に着目して,イベント堆積物を識別した.識別したイベント堆積物には,下層から上層に向かって逆級化に始まり正級化に終わる,細粒部と粗粒部の繰り返しが見られる,陸源の植物片を含む,という特徴が複数認められる層準がいくつかある.これらの層準はハイパーピクナル流堆積物である可能性が高く(齋藤ほか,2005),洪水起源と考えた(以下,ハイパーピクナイト層という).また,これらを除くイベント堆積物の層準は地震起源と考えた(以下,タービダイト層という).次に,深度35cm~43cmの灰褐色シルト層について着目し,深度43cmの泥流堆積層最下部を1888年噴火後と仮定し,また深度178cmのHr-FPテフラの年代を555年(下司ほか,2011)と仮定することで年代指標とし,平均堆積速度からタービダイト層およびハイパーピクナイト層の堆積年代を推定した.推定したタービダイト層の年代は,歴史的な古地震の年代とよく一致した.それらの古地震について,猪苗代湖における推定震度を勝又・徳永(1971)および村松(1969)に基づき算出したところ,猪苗代湖中心部における推定震度がⅤの下限(気象庁震度階級5弱,計測震度4.5)以上の古地震が該当することがわかった.したがって,タービダイト層を発生させ得る歴史的な古地震の震度下限閾値は,震度Ⅴの下限と推定される.また,ハイパーピクナイト層の推定年代は,記録に残っている洪水年代とよく一致した.