表題番号:2013A-6350 日付:2014/04/11
研究課題在日外資系企業における労働者移動に関する実証分析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学総合学術院 教授 長谷川 信次
研究成果概要
 日本の対内直接投資は対外直接投資や他の先進諸国の対内直接投資と比較して、かなり低いレベルで推移してきた。また国の経済規模を勘案すると、その低さはいっそう際立ってくる。その理由としてこれまでに、外資規制や系列、事業コスト、日本市場の特異性などの観点から、要因分析が行われてきた。
 本研究では、外資系企業が日本市場に参入する際の人的資源の獲得の困難さに着目し、その背景にある日本の労働市場の特性、および人的資本の形成との関係を明らかにした。具体的には、日本企業で働く従業員に関しては、内部労働市場の形成と長期継続的雇用関係、その結果としての企業間の移動の少なさによって特徴づけられるのに対して、外資系企業で働く従業員では、個々人の上昇志向とキャリア機会への認知が外部労働市場を通じた転職行動となって現れる。こうした日本企業と外資系企業の間が分断される形で労働市場が形成されているとする仮定から出発し、両労働市場間の人材移動の傾向と要因を、日本企業および外資系企業で働く従業員を対象とした質問票調査で得られたデータを用いて定量的に検証した。
 分析では、将来の労働力移動を規定する変数として転職意図に着目し、その決定要因として、企業特殊的スキルおよび勤務する企業の内外でのキャリア機会の2つを検証した。その結果、日本企業と外資系企業のいずれにおいても、現在雇用されている企業外でのキャリア機会を求める傾向が確認された。また、企業特殊的スキルは一般に、転職意図に負の影響を及ぼすことが明らかとなったが、外資系企業に働く従業員で高い企業特殊的スキルを保有するにもかかわらず社内で高いキャリア機会を見出しているケースでは、一般的スキルも高いことが予想されることから、転職意図はむしろ低まることが確認された。なお、当初の仮定とは異なり、日本企業と外資系企業で働く従業員の間で企業特殊的スキルの量に関して優位な差は認められなかった。この点は、外資系企業が企業特殊的スキルにより力点を置き始めている一方で、日本企業が一般的スキルをより重視するという、反対方向の動きが生じている可能性を示唆するものであり、そのことは、これまで日本企業と外資系企業のそれぞれに分断されて形成されてきた日本の労働市場の間での移動が高まる可能性が示された。
 また上述の人材移動の高まりが、日本企業から外資系企業への知識のスピルオーバーを引き起こしている可能性についても、パテント引用情報を用いて実証分析を行った。データセットは液晶パネル業界における日本・韓国・台湾企業により日本の特許庁に申請されたパテントデータで、IIP(知的財産研究所)パテントデータベースより作成した。分析の結果、日本企業から韓国・台湾企業へスピルオーバーが生じていることが確認され、とりわけ特定の日台企業間では戦略提携を通じた人材交流で生じていることが示唆された。