表題番号:2013A-6312 日付:2014/02/28
研究課題大腸陰窩における細胞アポトーシス動態の数理モデリング
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 常田 聡
研究成果概要
 生体組織中の恒常性維持の仕組みは、癌と深く関係しており、治療手法を考える上で非常に重要である。その理解のために、存在している多数の細胞及びその動的な振る舞いなど、種々の莫大な要素を含めて考える・計算する必要性がある。そのような作業においては、最適な数理モデルに基づくコンピューターシミュレーションが有効である。この恒常性維持について考える際には、その重要な仕組みである「細胞増殖」と「細胞死」の実装が望ましい。しかし、細胞死の発生確率は健常時では非常に低く、その実装が困難であるためか、既存の数理モデルでは細胞増殖にのみ注目しているものがほとんどであり、細胞死の仕組みについて数理モデルで考察した報告は少ない。そこで本研究では、細胞死の発生が増加する状態、組織中に細胞損傷を引き起こす状態、および誘導刺激が導入された状態に着目した。この数理モデルでは、IBM(Individual-Based Modeling)という、主に生態学で用いられる手法に基づくモデル化が行われており、モデル中の細胞1つ1つに対して設定を行うことで、数多くの細胞から成る組織の振る舞いの模擬を可能にしている。この手法によって、個々の細胞が一律ではなく、それぞれ異なるパラメータに従って動くことが可能になり、各細胞の状態に応じて発生する細胞死を模擬する上で適した手法であると考えられる。また、細胞増殖についてもIBMを用いて模擬することで、おそらく一律ではない各幹細胞の個体差を模擬することができると考えられる。本研究では、恒常性維持に必要な「細胞増殖」と「細胞死」を兼ね備えたモデルを用いて誘導刺激導入時に観測された結果の再現を行った。
 本研究では、細胞の入れ替わりが活発に起きている腸上皮組織に着目し、その構造単位である陰窩(いんか)における細胞増殖・分化過程の数理モデル化を試み、組織の恒常性維持機構について定量的な議論を行った。その結果、誘導刺激を受けた際にアポトーシスが誘導される確率やアポトーシスが完了するまでの持続時間が、細胞種ごとに異なるのではないかという予測が立てられた。まず、数理モデルにおいては、陰窩中の細胞種として、自己増殖が可能である幹細胞、幹細胞から分化し一定回数だけ分裂可能であるTA細胞(Transit Amplifying cell、一過性増殖細胞)、TA細胞が一定回数の分裂完了後に分化しそれ以上分裂しない分化細胞の3種類を考えた。なお、TA細胞はその分裂回数ごとに、第1世代から第3世代まで分けて考えた。また、本モデルで仮定した細胞のアポトーシス進行経路では、細胞に誘導刺激(放射線照射を想定)が与えられると、一定確率Pで細胞中に変異が残存し、それを感知して細胞死の誘導が行われる。この数理モデルでシミュレーションを行い、実験から得られたアポトーシス細胞の発生や分布の再現を試みた結果、幹細胞とTA細胞の両方にアポトーシスが起こり、かつPの値がTA細胞の世代ごとに異なることが予測された。具体的には、Pの値はTA細胞第1世代で最も大きく、続いて幹細胞、TA細胞第2世代以降の順に小さくなることが予測された。