表題番号:2013A-6284 日付:2014/04/01
研究課題中世ドイツ文化圏を中心とするドラゴンの諸相と象徴性
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 石井 道子
研究成果概要
本研究では中世ドイツ文化圏のドラゴンの一形態として、いわゆるメルジーナ伝説を扱う。
中心となるテキストは1456年にドイツ語で書かれたテューリング・フォン・リンゴルティンゲンの『メルジーナ』である。本テキストの原典は1400年ごろ成立したクルドレッドによるフランス語韻文叙事詩である。それ以前に発表され、よく読まれているジャン・ダラスのフランス語散文からの直接の影響は少ない。テューリングの『メルジーナ』は直接あるいは間接的に後世の作家に少なからぬ影響を与え、16世紀のハンス・ザックス、ヤーコプ・アイラー、翻案とも18世紀の言えるツァハリアエ、19世紀のティークやゲーテがメルジーナを作品化している。メンデルスゾーン作曲の『序曲麗しのメルジーヌ』も有名である。
メルジーナという女性は俗に「ルジーナの母」の語が語源とされ、物語はフランスのルジーナ家興隆を語っている歴史物語の要素を含んでいるとも言われている。しかし、その一方で半人半蛇の姿を持つ女主人公の魔力と、秘密を知った夫との別れの物語でもあり、民話的要素も備えている。本研究では主として後者の性格を扱う。
ヨーロッパにおいて多くの場合、ドラゴンあるいは蛇は忌むべきもの、退治されるべきものと位置づけられている。蛇はエデンの園における原罪にさかのぼり、ドラゴンは聖書で敵の象徴として登場する。一方、世界中で古来蛇は豊穣をつかさどる信仰と結びついている。
夫ライムントとの出会いの過程と婚姻に至るいきさつにおいては、メルジーナとの約束が悪魔との契約に類似しているという一面がある。不思議な出会いは牧歌的ではなく、メルジーナ主体の奇妙な手続きと解釈されうる。中世後期に体系化された悪魔の在りようが、このエピソードにも見て取れる。
その一方で、後の一族の成功話はまさに豊穣神を迎えたゆえのことである。古い蛇信仰との関連、あるいは異類婚に伴う繁栄の物語と位置づけられる。息子たちは母の血を示して異形の姿を持つが、立派な騎士になる息子、残虐非道な息子など、凡庸な者はおらず、ただならぬ出自を示している。
メルジーナ婚姻の物語は夫ライムントが「見るなの禁止」を破ることで終止符が打たれ、夫婦の仲は不幸せに終わる。これはメルヒェン研究において「ミルジーナ・モティーフ」と名付けられるほど普遍的なストーリー展開である。
しかし『メルジーナ』本編において、夫婦の別れは物語の中ほどを過ぎたあたりに位置し、別れが悲劇的結末になっていない。続いてメルジーナの前史と姉妹のエピソード、あるいは夫と息子たちのその後が語られ、雑然とした展開にドイツ民衆本の特徴を読み取ることができる。
しかし『メルジーナ』本編において、夫婦の別れは物語の中ほどを過ぎたあたりに位置し、別れが悲劇的結末になっていない。続いてメルジーナの前史と姉妹のエピソード、あるいは夫と息子たちのその後が語られ、雑然とした展開にドイツ民衆本の特徴を読み取ることができる。
『メルジーナ』物語を分析すると、以上のように様々な要素がモザイク状に組み合わさっていることがわかる。そしてそれぞれには多面的な蛇のイメージが反映され、中世ドイツにおけるドラゴンのイメージを幅広く表現していると解釈される。