表題番号:2013A-6267 日付:2014/04/03
研究課題患者間違い事故防止に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 棟近 雅彦
研究成果概要
2000年近辺に起きた患者間違い事故,消毒液の誤使用による死亡事故などを契機に,医療事故を減少させるための取り組みが積極的に行われるようになってきた.それにより,与薬事故,転倒転落事故などは,分析・対策立案方法の研究が進み,ある程度抑えられるようになった.しかしながら,医療の質向上活動の促進のきっかけともなった上述の患者間違い事故は,いまだに有効な対策はとられていない.なお,患者間違い事故とは,患者Aを患者Bと誤認し患者Aに患者Bの処置等を実施した,または,患者Aの同定は正しいが,患者Bの処置等を患者Aに実施した事故を指す.
病院では,患者情報の識別のために,氏名や診察券番号などの患者個人に従属する識別子(以下,ID)を用いている.伝票へのIDの記入や手術患者の特定などのIDを取扱う業務(以下,ID業務)において,作業者の不実施やエラー,IDの不適切な状態により事故が発生している.しかし現状では,そのような事故が発生する状況や原因が解明されておらず,患者間違い事故は低減していない.また,患者を正確に特定するため,機器を用いた患者認証システム(以下,ASPI:Automated System for Patient Identification)の導入が進んでいる.しかし,ASPIを用いた業務においても未だ事故は発生しており,事故原因の解明が急務である.
そこで本研究では,ID業務の事故状況と発生原因を明確にする.そして,再発防止ための対策立案方法を開発し,患者間違い事故を低減することを目的とする.
従来,患者誤認事故におけるエラー行動が発生した理由や因果関係は明らかにされておらず,再発防止のための対策として,注意喚起を行うといった作業者の注意力に依存した対策にとどまっていた.しかし,それでは,長期的に有効な患者誤認事故の防止は期待できず,患者誤認事故の低減にはつながらない.
本研究では,まず,病院で発生している患者誤認事故の種類を事故報告書から把握し,分析の対象とするID業務を,発生頻度の高かった「照合業務」に絞った.次に,照合業務で行われている作業者の行動を把握するため,病院の標準類の調査により,照合業務における作業者の行動過程を明らかにした.照合業務における作業者の行動過程は,人間による照合業務と,機器を用いた照合業務で大きく異なっていたため,それぞれを分けて分析を進めた.
作業者の行動過程を明らかにした後は,病院の事故報告書をもとに,各行動過程で発生しているエラー行動を把握した.さらに,エラー行動が発生したメカニズムを従来研究から仮定し,事故報告書をもとにしてエラー行動発生メカニズムの構成要素を抽出した.また,ASPIの使用に関する事故は報告されにくいため,看護師を対象としたASPIの使用に関するアンケート調査や,看護師による討論会の資料をもとに,ASPIの使用に関するエラー行動とその発生メカニズムの構成要素を抽出した.それぞれ抽出できたことで,照合業務におけるエラー行動の発生メカニズムは,仮定したメカニズムで説明可能であることがわかった.
エラー行動発生メカニズムを明らかにした後は,メカニズムをもとにして,エラープルーフ化など対策の観点や実現方法を明らかにし,人間の特性のみならず,作業標準や作業環境を改善する対策立案方法を検討した.以上の検討により,照合業務におけるエラー行動の分析・対策立案方法を提案した.
最後に,メカニズムの構成要素の網羅性や,提案法の有効性を検証した.これにより,提案法は患者誤認事故の分析・対策立案に有用であることを確認できた.