表題番号:2013A-6228 日付:2014/04/11
研究課題会計報告における経営者の最適裁量権に関する経済モデル研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 教授 鈴木 孝則
研究成果概要
一般的に、earnings management(以下、EM)は、GAAPのもとで会計処理を柔軟に利用し会計利益を操作するか、あるいは取引のタイミングや取引構造の変更など、取引そのものを変更しキャッシュフローを操作するかによって分類することができる。特に契約理論にもとづくEMの先行研究では、前者の問題を研究対象としエージェンシーモデルを用いて分析することが多い。まず契約理論アプローチを中心としてEMの先行研究を検討したうえで、多くの先行研究でベンチマークとされている Arya et al.(1998)の主張にもとづき、revelation principle(以下、RP)が犯されるときに生じるEM問題を数値例を用いて解説する。そして、Arya et al.(1998)以来の多くの先行研究と異なり、RPが犯されていないときにEMが生じることを分析しているDuta and Gigler(2002)を紹介する。契約理論アプローチにおけるEMの先行研究は、意思決定における情報非対称性問題に注目するか、あるいは会計基準の設計問題に注目するかによって分類することができる。ここでは、契約理論アプローチを中心としてEMの先行研究を検討する。
(1) 意思決定環境下の情報非対称性の観点
意思決定問題におけるエージェンシー関係に注目しているEM研究では、通常、プリンシパルを株主(または投資家)、エージェントを経営者と想定して、プリンシパルとエージェントが異なる目的関数を追求している状況で、プリンシパルが、プリンシパルの知らない私的情報(hidden action, and/or hidden knowledge)を有するエージェントに、ある仕事を委任(delegation)することから生ずる情報非対称性問題とインセンティブ問題を分析する。
このエージェンシーモデルにおける一般的なタイムラインは、以下のとおりである。t=1の時点でプリンシパルとエージェントは契約を締結し、t=2時点でエージェントは自分の行動を選択する。t=3時点で情報シグナル(業績測定値)が観察され、t=4時点で成果がエージェントとプリンシパルに分配される。このタイムラインのもとで考慮すべき点として、Lambert(2001)は次の3点を挙げている。①経営者はいつ私的情報を有することになるのか、つまりそれがt=1以前なのか、t=1からt=2までの間なのか、t=2以降なのか。②契約が締結され、業績測定値が観察されたあと、エージェントは会社を途中で辞めることができるのか。③エージェントは自分が知っている情報シグナルをプリンシパルに(おそらく虚偽に)コミュニケートすることが許されている状況なのか否か。
タイムラインで虚偽報告が行われるか否かという問題は、まさにEMにかかわる問題となる。EMは例外的というより、むしろ現実的である(Arya et al., 1998)ものの、EMを経済モデルとして分析するために、多くのEM研究では経済学での理想的なベンチマークであるRPという概念を導入する。Arya et al.(1998)は、そのRPが成立する条件を分析し、そのもとでEMを研究している。 彼らは、①コミュニケーション、②契約(contract)、③コミットメント(以下、合わせて3c’s)の3つの要件を挙げながら、EMの発生には3c’sのいずれかが制約される条件が要ると述べる。
Arya et al.(1998)がRPにおける条件とEMを関連付けて論じて以降、多くの先行研究は3c’sのいずれかが制限される状況に注目しながら、エージェントが自分のタイプをプリンシパルにいえなかったり(Dye, 1988; Evans and Shridhar, 1996; Demski, 1998)、借入契約条項が不完備であるなど契約の形態が制限されたり、または当初契約から再交渉の余地が生じ初期のコミットメントが維持できなかったり(Arya et al., 1988; Dye, 1988; Cristensen et al., 2002; Demski and Frimor, 1999)する場合に起こる EM問題を検討している。これら多くの先行研究では、EMによって情報を歪める行為は株主にとって便益となる場合があるとしている。
(2) 会計基準設計の観点
前述した多くの先行研究では、会計ルールのデザインという問題よりは、その会計ルールを所与とした会計報告の最適な活用方法、またはその経済的帰結に焦点が当てられているといえる。一方、EMが生じる環境下での会計基準の設計問題に注目している先行研究も存在する(Dye, 2002; Demski, 2004; Ewert and Wagenhofer, 2005; Gao, 2013; Liang, 2004)。
たとえば、Ewert and Wagenhofer(2005)は、合理的期待均衡概念を用いて、より厳格な会計基準(tighter standards)は会計利益操作を減らすことができるものの、経済的利益操作を増やしたり会社の価値を減少させることになるので、社会的に望ましくないと記述している。Liang(2004)はエージェンシーモデルを用いながら、メカニズムの設計者として規制当局という経済主体を登場させ、最適報酬契約と会計レジーム問題を考察し、会計基準の強化によってEMの余地を無くそうとすることは無条件かつ普遍的な方法ではないと述べる。なお近年、Gao(2013)は多くの先行研究では会計における需要サイドに問題意識が偏っていると指摘し、供給サイド、つまり会計ルールの設計者の立場から、EMが生じる環境下での会計ルールのデザインについて、エージェンシーモデルを用いて分析している。