表題番号:2013A-6158 日付:2014/03/18
研究課題過疎農山村におけるルーラルツーリズムの展開とその社会論的意義
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教授 宮口 とし廸
研究成果概要
 農業の効率化や大きな企業の立地が困難な過疎農山村においては、小規模な農業と農家民宿などを組み合わせるツーリズム複合が重視されるべきことを、筆者は早くから指摘してきた。筆者は長く国の過疎地域に対する政策の在り方にかかわってきているが、本研究は、過疎農山村においてルーラルツーリズムがいい形で展開していると思われる事例の実態調査によって、その在り方を考える一助としようというものである。
 当初の計画では、3か所の現地調査を行う予定であったが、沖縄県宮古島市において調査すべき事例が展開していることを知り、経費上の制約も勘案して、現地調査を熊本県水俣市と沖縄県宮古島市の2か所にすることに予定を変更した。
 熊本県水俣市の久木野地区は、1956(昭和31)年に水俣市に合併した旧久木野村であり、97%が森林という山村である。合併当時は3,000人以上が住んでいたが、今は400余りの世帯に1,000人足らずの人が住み、高齢化も進んでいる。この山深い久木野地区に愛隣館という地域活性化の拠点施設があり、年間約15,000人が訪れていることは驚きである。大部屋の宿泊室もあり、イベントや体験、研修で、年間のべ300人程の宿泊者がいる。
 この施設は、水俣中心部に通じていたJR山野線の廃止に伴い、地元で「久木野むらおこし研究会」が駅跡地の活用を市に要望した結果、1994年に市が建設し、現在「水俣市久木野地域振興会」(任意団体)が管理者となっている。この施設がユニークなのは、建設された1994年に館長を全国公募し、その運営を任せたことである。館長に選ばれた沢畑亨氏は東大農学部で修士を終了した俊秀で、農山村への思いが強く、この20年近く様々な事業やイベントを企画し、農山村の価値を世に発信してきた。その事業を列記する。
・地元の食材を使った食品の販売、カフェレストランの営業、家庭料理の会の開催
・ボランティアによる21haの森づくり、合宿
・会費制の大豆畑耕作、棚田にたいまつを2,000本立てる「棚田のあかり」、棚田米の販売
・2時間のむらづくり・森づくり研修、1泊2日の「棚田食育士」研修、2~3泊の実習
 市の管理費、研修収入、食品の売り上げ、公的な補助金の導入などによってこれらの事業を遂行し、沢畑氏を含むスタッフ3人が地域に住んで、困難な拠点施設のいわば専業経営を20年間続けていることは特筆すべきことである。上記の事業が地域社会を元気にしていることは疑う余地がない。
 沖縄県宮古島市は2005年に5つの市町村が合併して生まれたが、旧城辺(ぐすくべ)町では合併前に有志が「ぐすくべグリーンツーリズム研究会」を設立し、これが「ぐすくべグリーンツーリズムさるかの会」に発展して、翌2006年から大阪の府立高校の修学旅行生の受け入れ(農家民泊)を開始した。会の農家リーダーの松原敬子氏は農家にこの事業に参加することの価値を訴え、初年度から31戸の農家の協力を得て、260名の生徒を受け入れたことは驚きである。
 島の農家の素朴で温かい対応が口コミで伝わり、2007年度には2校約400名、08年度は11校役3,000名、09年度は18校役5,500名、10年度は24校約6,300名、と増え続けた。2011年度は32校約9,500名、12年度は34校8,400名と驚異的な実績を示したが、13年度は市の観光協会がグリーンツーリズム事業に乗り出したこともあって、26校約6800名と少し減少に転じた。しかし短期間でこれだけの支持を確立していることは驚きである。
 体験メニューは、農業体験、郷土料理体験、海などの自然体験、地域文化・郷土芸能の学習などであり、サトウキビの刈取りや三線の体験も含まれるが、農家民泊が単なる農業体験に終わるのではなく、農家まるごとの生活体験の中で都会にない「地域」を感じてもらうことを重視している。
 本研究では、二つの違ったタイプのルーラルツーリズムの展開をとらえることができた。一つは水俣市久木野地区の愛隣館という、農山村への思いの強いエキスパートが常駐して外部の人を巻き込んだ事業の展開に成功してきたタイプであり、今一つは、地域の農家がツーリズムの価値に気づき、仲間をつくって、短期間のうちに都会の若者の受け入れを増やすことができたタイプである。ツーリズムによる過疎地域の活性化の事例のタイプはさらに多様であると思われるが、今回の二つのタイプはその中で基本的なものに位置づけられるであろう。そしてこの二つの事例ともに、相談事やお互いの役割分担が生まれ、地域社会そのものが活性化していることを確認できた。このテーマについては、次年度においてもさらに分析を重ねたい。