表題番号:2013A-6145 日付:2014/04/11
研究課題ペルー先住民復権思想研究の新たな展開-アルゲーダスの人類学全集の刊行を機に
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教授 後藤 雄介
研究成果概要
 本研究の主たる目的は、ペルーの先住民復権問題を考えるにあたって欠かすことのできない、成果報告者(以下、単に報告者)が長らく研究を続けている20世紀を代表する作家・人類学者ホセ・マリーア・アルゲーダス(José María Arguedas、1911-1969年)の全集第二弾『人類学全集』(2013年刊)を現地で入手し(注:2014年4月現在、オンライン通販で購入することは依然困難)、既刊の『文学全集』と合わせて、彼の思想の全貌を明らかにしてゆく筋道をつけることであった。
 幸いにして出張先のペルーの首都リマで『人類学全集』を購入できると同時に、報告者はアルゲーダスの生誕百周年にあたる2011年にも大学より特別研究期間を与えられて同首都の民間シンクタンク・ペルー問題研究所(IEP [Instituto de Estudios Peruanos])に客員研究員として赴任していたが、その間に彼をめぐって開かれたさまざまなシンポジウム、ワークショップの記録も2012年以降続々と刊行されており、それらももれなく入手することができたのは大きな成果であった。
 出張中の具体的な計画には、『人類学全集』の複数の編纂者とインタビューをおこなうことも含めていたが、これは日程的な都合により叶わず、わずかにCarmen María Pinilla氏と会談できたのみであったが、氏はペルー・カトリック大学(Pontificia Universidad Católica del Perú)図書館のアルゲーダス資料室の責任者であり、アルゲーダスの人物史について貴重な話を聞くことができた。また、全集の編纂者ではないものの、アルゲーダスと生前に交友のあった人類学者Luis Millones氏にインタビューする機会に恵まれ、これもまた貴重な証言を得ることができた。
 ペルー出張は本来、2013年夏を予定していたが、本研究助成の採否結果が同年7月まで不明であったため、同時期に出張予定をあらかじめ組むことができず、今年3月まで持ち越さざるをえなかった。その結果、成果刊行はまだ十分に果たせていなが、今後人類学研究の蓄積に基づいたアルゲーダスの文学作品の再読を試みる予定である。
 現時点での仮説としては、従来、彼の到達点は遺作の『上の狐と下の狐』(El zorro de arriba y el zorro de abajo、1971年、遺作)に示された文化混交像に見られる「開かれたアイデンティティ」の可能性にあるとされてきたが(報告者もそれを支持するものであったが)、人類学研究を通じて「開かれたアイデンティティ」にアルゲーダスがいかなるペルーの社会変革の展望を見出していたのかという補助線を引くことによって、「失敗作」とされた野心的な前作『すべての血』(Todas las sangres、1964年)の再評価が可能になるのではないかと考えている。
 上記仮説は、2011年のペルー滞在時にすでに芽生えてはいたが、『人類学全集』刊行によりこれまで入手困難であった諸論考が読めるようになるに及び、さらに確証を深めつつある。その意味で、同仮説を最初に素描した、IEP主催のセミナー〈アルゲーダス、ペルーと社会科学──新たな読解の試み〉(Arguedas, el Perú y las ciencias sociales: nuevas lecturas、2012年3月1日開催)における報告者の口頭発表「太平洋の向こう岸から見るアルゲーダス──『他なる』読解から新たな『希望の』読解へ」("Arguedas, visto desde la otra orilla del Pacífico: de 'otras' lecturas a las nuevas 'esperanzadoras'")が本年中に現地で刊行される運びとなり、現地で最終編集作業に加わることで加筆増補できたのも、本研究による出張のひとつの成果となった。