表題番号:2013A-6138 日付:2014/04/08
研究課題アイルランド・ロマン主義とイギリス・ロマン主義比較研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教授 及川 和夫
研究成果概要
 この研究の手始めとして、民間伝承バラッドとイギリス・ロマン主義の関係を6月8日のイギリス・ロマン派講座「英詩への誘い―民間伝承とロマン派」で概論的に論じた。続いてアイルランドのロマン主義の方向性を決定付け、W・B・イェイツやレディ・グレゴリー、J・M・シングら後世の 文学者に大きな影響を与えた詩人サミュエル・ファーガソンとアイルランド伝承バラッド、当時勃興期のアイルランド民俗学の関係に論を進め、その成果を『早稲田大学大学院教育研究科紀要』No.24(2014年3月)に「サミュエル・ファーガソンとアイルランド民俗学」(pp.19-34)にまとめた。
 19世紀初頭に北アイルランドの工業都市ベルファストで育ったサミュエル・ファーガソンの最初期の詩は造船所を舞台とする、時代に先駆けた非常にモダンなものであった。しかしプロテスタントであった彼は、カトリック系アイルランド人たちがダニエル・オコンネルを指導者とするカトリック解放運動でプロテスタントに反感を募らせることに危機感を抱き、『ダブリン大学雑誌』に「あるアイルランド人プロテスタントの頭と心の対話」を寄稿し、理性と心情の間で分裂するアイルランド・プロテスタントの祖国愛を分析する。これ以後、ファーガソンの詩作品はモダンなものから妖精などの民間伝承や、アイルランド神話を題材とするものに変化していく。
 また同時にファーガソンは陸地測量局の調査に協力し、ジョージ・ピートリーやユージン・オカレーなどのアイルランド民俗学、考古学を作り上げた優秀な学者たちと交流を重ね、彼自身が第一級の学識を獲得していった。この成果が表れたのが、『ダブリン大学雑誌』1834年4月号から異例なことに4回に分けて掲載された、ジェイムズ・ハーディマン編訳『アイルランド民謡集』への激烈な批判を込めた書評である。この中でファーガソンはアイルランドの文化遺産はカトリック系住民の独占物であるというハーディマンの態度を、訳の不正確さ、文体の不適切さを細かく指摘し、自前の訳を提示しながら徹底的に批判する。このときの経験がのちに彼が展開する、創作で民間伝承詩、古代神話の世界を再現する作風の確立に大きく寄与した。
 このようにイギリス・ロマン主義とアイルランド・ロマン主義には、民間伝承の扱い方にも歴史的位相の違いによる大きな差異が存在することが明らかとなった。またここから「アイルランド・ロマン主義、イギリス・ロマン主義とバラッド文学」という、次の研究テーマを着想することができた。