表題番号:2013A-6137 日付:2014/04/13
研究課題南宋の市民階層と伝統文学-『夷堅志』を中心に-
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教授 内山 精也
研究成果概要
『夷堅志』はもと420巻からなる志怪の書(現存するのはおよそその半分)で、そこには宋代の夥しい怪奇のエピソードが収録されている。それぞれのエピソードには、時間、場所、人物が明記されているため、それらはひとり小説・説話研究の対象となるばかりではなく、宋代社会史の恰好の素材としても大いに注目されてきた。
 筆者は近年、中国伝統文学の通俗化という問題を主たる研究テーマとし、とくに13世紀、宋末元初における関連の諸現象の収集と分析を進めているが、そこに連続する12世紀、北宋末期から南宋中期の関連の現象についても同様に考察の対象としている。このような観点から、この一年、折にふれ『夷堅志』を繙き、関連のエピソードの収集と類別を行った。その結果、宋末元初へとつながる幾つかの素材を発見し、目下それらを整理して、文章化の準備を進めているところである。
 筆者が捜し得た素材の一つは、「漢字の霊力」に関わる話柄である。『夷堅志』には科挙の受験に勤しむ書生の怪奇譚が数多く含まれるが、彼らが霊験あらたかなる廟に詣でて、及第を祈願し、神々のお告げを得て、そのお告げの通りに成功するという話柄が存在する。神のお告げは往々にして暗示的な韻文の形で示される。このような漢字を媒介とする予言は、童謡や讖緯という形で紀元前から存在するものではあるが、重要な点は上古における国家・社会的関心事から個人の関心事へという通俗化をはっきり認めることができる。しかも一個人の出世という世俗的な欲求に絡んで漢字の霊力が問題化されている点が時代的特性を示している。そのほか、『夷堅志には、「拆字」に関わる漢字占い稼業についても言及があり、これらによって漢字文化が中間層に浸透しつつある瞬間をとらえている。
 筆者がより多く着目する伝統詩歌の通俗化についても、断片的ながら、幾つかの素材を拾い集めることができたので、それらを適宜整理し、文章にすべく準備を進めている。