表題番号:2013A-6113 日付:2014/04/01
研究課題女性薬物犯の薬物再使用防止に向けての働きかけ
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 藤野 京子
研究成果概要
1.本研究の目的
 嗜癖についての研究は、精神医学の分野で積み重ねられてきており、物質の薬理作用であるところの中毒症状に対しては、投薬による治療が行われるようになってきている。しかし、その一方で、その精神依存については難治であることが知られている。加えて、物質使用経験者は、一定期間やめていても、容易に再発させてしまうことも知られている。これらへの対応として、医療関係者や心理の専門家による認知行動療法の視点を取り入れた介入や、元物質使用者で現在は回復者であるスタッフが中心になって提供しているダルクの活動や、物質使用者同士が共助するナルコティック・アノニマス (NA) 等のグループ・ミーティングなどが行われてきているものの、物質の再使用者は後を絶たない状況が続いている。
 ところで、上記働きかけについて、ジェンダーの視点を十分に取り入れた働きかけを行っているところは多くない。大半の犯罪者が男性であることから、我が国の薬物事犯の受刑者や保護観察対象者の処遇では、男性を対象者とイメージして作られた介入プログラムを、女性にも原則適用しているのが実情であり、対象者が女性であるということを、どのように介入プログラムに組み込んでいくかは、個々の介入プログラム実施者にまかされているのが実情である。
 しかし、近年、欧米では、ジェンダーによって、物質使用やそれへの治療について差異が見られることが報告され始めており、女性向けの介入のありようが検討され始めている。たとえば、Najavits (2002a) は、男性に比べて女性は気持ちの問題、例えば、過去のトラウマや気分の落ち込みや不安などをかかえて、それが物質使用につながっていることが多いこと、また、DVを含めた夫との関係や子育てのストレスなど、周囲の人との対人関係に疲労困憊し、その解消のために物質使用に至ることも多いこと、などを指摘している。すなわち、女性が物質使用をやめるには、適切な対人関係のあり方をさぐってみたり、押しつぶされた自我を元通りにしたりすることも、大切であると言及している。そして、物質使用に至った経緯や動機、物質使用によって失ったもの、物質使用をやめるに際しての障壁などは、ジェンダーの影響を多分に受ける、としている。藤野・高橋 (2007) でも、我が国の薬物事犯受刑者に性差を認めている。このほか、薬物事犯者に限定したことではないが、女性受刑者と男子受刑者には多様な違いがみられる (藤野, 2010)。
 米国の連邦刑務所では、女性の薬物事犯者の生活実態を念頭においた介入プログラムが開発されている (Federal Bureau of Prisons & The Change Companies, 2004)。また、Najavits (2002b) やClark & Fearday (2003) は、女性の物質使用者が併存疾病を抱えている場合が多いことを踏まえた上での介入プログラムとなっている。
 これらのことからは、我が国の女性薬物事犯者に対しても男性薬物事犯者とは異なった働きかけの必要性が示唆される。しかし、体系的な検討はなされていない。一方で、ジェンダーのありようは個々人が置かれている社会・文化を反映するので、必ずしも欧米と同様であるとは限らない。したがって、我が国の成人女性の物質使用者に対して、物質の再使用を抑止するのに有用な働きかけについて検討することを目的とした。

2.研究方法
(1)研究対象者
 更生保護法人への入所期間が4か月未満の覚せい剤事犯女性
(2)実施方法
 同法人で2週間ごとに毎回1時間、グループ・ミーティング形式で実施。研究対象者の入所時期が異なり、かつ、在所期間が短く、同施設の入所者総数もそれほど多くないため、グループのメンバー構成はオープンとして、8名を上限とした。
(3)扱う内容
 対象者の年齢層やジェンダーを特定していない藤野・高橋・北村 (2007)の物質使用者に対するワークブック(認知行動療法を中心として折衷的に作成されたもの)の一部を取り上げ、成人女性という対象に限定した場合、同ワークブックをどのように変更していく必要があるか、すなわち、削除してよい箇所、修正すべき箇所、追加すべき箇所を検討することにした。追加する内容として検討する資料には、米国の連邦刑務所で使用されているFederal Bureau of Prisons & The Change Companies (2004)に加えて、過去のトラウマ経験、落ち込みや不安などの気持ちの扱い、対人関係の持ち方の扱い(家族関係を含む)、など女性においては特に配意する必要がある(ニーズがある)と欧米でみなされ始めている点に配意している併存疾病を抱える物質依存者への効果が期待されるものとの評価を受けているNajavits (2002b)、Clark & Fearday (2003) を含めることにした。

3.結果及び考察
 まず、刑務所在所中に物質離脱に向けてのなんらかの働きかけを受けた者が本研究対象者であったが、その働きかけの程度ないしその働きかけを通じての対象者自身の学びの程度は一様ではなかった。また、刑務所在所中という薬物を絶対に入手できない状況下と、更生保護法人在所中という薬物に触れようと思えば触れられる状況下とでは、類似の働きかけを行っても、対象者の受け止め方が異なることが明らかになった。
 プログラムへの参加については、「もうやらないから不要」と楽観視する者、「薬物のことを考えるとかえってやりたくなってしまうので参加したくない」と薬物のことをあれこれ考えること自体を回避しようとする者、「慣れない日中の仕事で疲れてきっている。余暇時間くらいは、このようなものに参加せず、自由に過ごしたい」「目下、今後の生活プランを考えては不安が押し寄せてくる状態。その上に薬物のことを扱うと、一層気分がめいってしまう」など、参加への動機づけが低い者が少なからず見受けられた。プログラムに参加させるにあたっての動機づけを十分に行うことの必要性が示唆される。
扱った内容のうち、状況ごとに物質使用のリスクがどのように変化するかを検討させる課題は、自身にとっての再発につながりやすい状況を把握するに当たって有意義な様子であった。
 一定期間物質を使用せずにいられた場合の自分への褒美を考える課題においては、現実吟味をしながら自分の気持ちの張りになるものを選定するのが難しい様子で、非現実的なものを設定する者、特に何も思い浮かばないとする者が少なからず存在した。
情報処理理論のもとづき、薬物使用時の代替思考を考えていく訓練や、薬物についての損得を考えさせる課題は、分析的・多角的に物事を考える習慣がない対象者にとって、なかなか自身の実体験と十分にリンクさせるまでにはいかない様子が観察された。その時々の気分に任せて思いついた行動をとっているのが実情なのであろう。
 日々の生活において、情緒がきわめて不安定になってしまったり、突発的に行動してしまったりしていることを参加者は語っており、衝動のコントロールやリラクゼーションを含む自己統制の訓練が必要であることがうかがえたが、それを限られた期間の中で習得させるのは難しい様子であった。加えて、自身が思い受かる他者関係の持ち方や社会生活と現実とのギャップが大きく、それへの対処策として、現実即応的な方策を模索したり、あるいは自身を変えようとしたりするよりはむしろ、短絡的に物質で穴埋めしてしまおうとの思考の強さが認められた。

<引用文献>
Clark, C., & Fearday, F. 2003 Triad women’s project: Group treatment manual.
Federal Bureau of Prisons & The Change Companies 2004 Residential drug abuse treatment-Women: Federal Bureau of Prisons women’s facilitator guide. NV: The Change Companies.
藤野京子 2010 女性犯罪の現状と課題、藤野京子、犯罪と非行、166、5-28.
藤野京子・高橋哲 2007 覚せい剤事犯受刑者の現状(2)-児童虐待被害経験からの分析-,アディクションと家族、24(2)、160-168.
藤野京子・高橋哲・北村大 2007 薬物はやめられる!? 矯正協会
Najavits, L. M. 2002a A woman’s addiction workbook: Your guide to In-depth healing. Oakland, CA, New Harbinger Publications, Inc.
Najavits, L. M. 2002b Seeking safety: A treatment manual for PTSD and substance abuse. New York: Guilford.