表題番号:2013A-6084 日付:2014/04/11
研究課題村上春樹の諸作品および同作が国内外の後続作家に与えた影響についての基礎研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 准教授 市川 真人
研究成果概要
「村上春樹の諸作品および同作が国内外の後続作家に与えた影響についての基礎研究」を主題とした本研究では、2014年度、主としてふたつの柱に基づく研究と調査を行った。
ひとつには、村上春樹作品そのもの、とりわけ中期以降の長篇作品である『ねじまき鳥クロニクル』および『1Q84』を素材に、両作品の構造比較とそれらが書かれた時代および社会環境(主として経済)を対照しつつ物語の表層的な流れとは異質な説話構造に着目することで、いっけん内向的とされる村上作品の根底にある政治性について考察し、主として1990年代以降の後続作家に与えた(それ以前の世代とは違う)影響が、彼らの執筆の基盤となる後期資本主義(に対する違和感)にかかわるものである、という仮説を構築するに至った。
並行して、村上春樹の海外における受容、とりわけ彼の作品が「世界文学」と認識されるに至る契機となった英語圏、およびその波及効果が同時代的に及びつつあるイタリア、ウクライナの作家、編集者および学生にサンプリングを行い、今後の研究の端緒についての観察を行っている。
興味深かったのは、日本国内では「構造しかない」ことによって流通したとする説が根強い村上作品が、ある種のエキゾチシズムやオリエンタリズム、いわば「日本的なもの」の代表例として受容されている点だった。そこから抽出される結論を略記すれば、それは「構造しかない」から(わがこととして)受容されるのみならず、「構造しかない」国としての近代日本を象徴するものだからこそ(言わば、近代日本文化の写し絵として)受容されてもいるのだということだといえる。まったくもって非日本的な、アメリカかぶれの作家と目されてデビューし、川端や三島、大江らとはまるで違った存在と定義されていた村上春樹こそが(無意識的にも)近代、とりわけ戦後の日本をもっともよく表象していたという転倒こそが、村上春樹という作家の特性を表している。
今後は、「基礎研究」である今回の期間に蓄積した所見と資料をもとに、村上作品のさらに広範な分析と、彼が手がけた翻訳作品の傾向などを抽出することで、先行作品および後続作品との、言語圏を超えた影響関係について研究を進めてゆく予定である。