表題番号:2013A-6079 日付:2014/03/28
研究課題子どもの放課後施策の比較研究―日本と韓国
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 増山 均
研究成果概要
 研究テーマは、「子どもの放課後施策の比較研究―日本と韓国」である。まず、韓国にける子どもの放課後問題及び政策の全体状況を概観すると、次のような特徴がある。

1.韓国における子どもの放課後問題と施策の現状
 韓国では2012年3月から完全学校五日制が開始されたが、現在の韓国の子どもは日本以上に「遊ぶ時間がなく忙しい」生活を送っている。親の高い教育熱を背景として、学習塾産業が増加し、私教育市場が急激に拡大している。日本でも広く知られているように、韓国は教育熱の高い社会であり、塾通いや習い事が過熱しているからである。その一方で貧困家庭においては習い事や塾に通っていない子どもの比率が高く、学習機会をめぐる格差が大きい。私的教育の利用率は韓国の子どもの放課後と家庭の経済水準と密接にかかわり、韓国女性研究所が小学生4,152名を対象にしたアンケート調査(2012年4月)によると、放課後民間の学習塾に通う子どもは68.1%であり、学習塾の利用は世帯所得によって大きく異なる結果が示された。月収400万ウォン(100円=約1012.86ウォン、2014年3月7日現在)
 以上の世帯では80~89%が放課後、学習塾に通っているのに対して、月収200万ウォン以下の世帯では、18~20%に留まっている。経済的格差がストレートに子どもの教育環境と放課後生活の格差拡大を生み出し、深刻な社会問題となっているのである。
したがって、韓国の子どもの放課後対策の中には、私的教育を利用できない貧困家庭の子どもの学習支援プログラムをどうするかという課題が大きい位置をしめている。子どもの教育機会の不平等の問題のみならず、近年は少子化による家族の変化とともに、高い離婚率によるひとり親世帯の増加など、多様な問題のなかで生きる子どもの放課後生活をどうするかが大きな政策課題となっている。
現在韓国では「保健福祉家族部」、「女性家族部」、「教育科学技術部」、および「文化体育観光部」のもとで、次のような放課後プログラムが展開されている。主たるものは、保健福祉家族部の「放課後保育」・「地域児童センター」と女性家族部の「青少年放課後アカデミー」および教育科学技術部の「放課後学校」(注1)である。加えて文化体育観光部が、庶民家庭・共働き家庭の子どもを対象にした体験学習や、文化から疎外された地域および低所得層子どもを対象とした文化芸術教室などの「放課後活動」を行っている。

2.韓国の「地域児童センター」について
「地域児童センター」は、「児童福祉法」第16条11項にもとづき、2004年から保健福祉家族部が所管する児童福祉施設として新設された。主に大都市の貧困地域や公団団地を中心に、1980年代から、低所得層の子どもを対象に行われてきた放課後の保育・学習指導の場である「コンブバン」(「コンブ」は勉強、「バン」は部屋の意)が制度化されたものである。
「地域児童センター」では、地域社会の中で保護・支援を必要とする18歳未満の児童を対象としているが、他の放課後施設とは異なって、様々な理由から不登校になっている子どもも対象としている。特徴としては①給食(夕食)、②生活相談、③学習指導があり、運営は1日8時間以上、週5日制を原則として、地域の事情により運営時間の延長および週末運営も可能である。児童30人以上の場合、施設長1人、栄養士1人、生活福祉士 2人必要であり、児童10人から30人未満では 施設長1人、生活福祉士(注2)1人を、児童10人未満の場合、施設長1人が原則として配置される。2013年6月の段階で、「地域児童センター」は4,036ヶ所設置され、109,256名の子どもが利用している。
近年、「地域児童センター」は低所得層の子どもを対象に行われてきた放課後の支援・学習指導だけではなく、広い範囲の児童を対象として地域社会の中の一般児童を対象とした多様なプログラムを準備して運営されており、児童福祉における重要な役割を果たしている。

3.ヘソン地域児童センターのとりくみ
 「地域児童センター」の具体的な取り組みについて、ソウル市内にある「ヘソン地域児童センター」を調査した(注3)。ヘソン地域児童センターは、ソウルの地域児童センターの草分け的存在で、1970年代にセツルメント運動の中で始められた共同保育所が土台となり、保育所を卒園した子どもたちの放課後施設としてスタートした。東大門近くに位置するこの地域は織物工場が多く、8割の家庭が零細織物工場に勤務する共働き家庭で、子どもの面倒を十分見られないので、学齢児童の保育施設を必要としたのである。月1回の父母会を開き、父母の協同の力によって施設を開設した。運営主体は「共同育児と共同体教育(注4)」 であり、行政からの補助金のほか、バザーなどによる資金づくりも活発である。また「子どもの自治」が重視されており、セツルメントや共同保育時代からの伝統が受け継がれているところにも大きな特徴がある。
 現在は、子ども30人、職員5人(「生活福祉士」の有資格者)と調理師1人、区から派遣される夜担当の職員1人(週3回)が子どもの支援と施設運営にあたっている。
「ヘソン地域児童センター」の取り組みの特徴を要約すると次のようである。

4.ヘソン地域児童センターの特徴 
 ①.歴史も長く「地域児童センター」の草分け的存在であり、ほかの地域児童センターにも影響を与えている。
 ②.子ども会議」での話し合いを重視し、「子どもの自治」「子ども参加」を基本理念としている。ヘソンに入所した子どもは、月   曜日の「子ども自治会」への参加を義務づけられる。
 ③.学習塾の代替となるような「学習支援」には重点を置いていない。
   そのことを入所前に親によく説明している。学習塾に通わせたいという親もいるが、
   センターの活動理念を説明して説得しても理解されず、学習塾通いと併用しようとする場合は、子どもの生活に無理が生じるの   で、やめてもらうこともある。
 ④.生活体験学習をとりいれるとともに、「楽しい学び」「自主的な学び」を重視している。
 ⑤.「読書セミナー」や「音楽プログラム」などの文化活動、表現活動を重視している。
 ⑥.毎年12月には評価会を行い、1年間の取り組みの総括が行われる。その取り組みの中に「子ども会議」が必ず位置づけられてい   る。
   そうした振り返りに基づき、1月に次年度のプログラムが構想され、2月に親の全体会が開催され、活動方針が決められる。
 
 今回は、比較研究の対象として、特に「学童保育」問題に焦点を当てて調査研究を行った。韓国における取り組みは、日本の「学童保育」とまったく同じものということはできないが、きわめて近似してるのは「地域児童センター」の施設と活動である。「地域児童センター」の現状を紹介するにあたって、ソウル市内の「へソン地域児童センター」を調査し、その施設と活動について検討したが、日本の学童保育よりも、貧困家庭児童対策の面で配慮がなされていること、行政や企業による支援が大きいこと、施設と職員の自律的判断で多様な取り組みがなされていることなど、日本の学童保育のあり方を考える上で参考になることが多く、今後さらに継続的な調査研究が求められよう。

注1.放課後学校の安定的で内実ある運営と支援根拠を示して、放課後学校運営を活性化し、教育福祉実現をはかろうとすることを目的にする小中等教育法が一部改正し施行された。(2014年1月1日) http://www.mest.go.kr
注2.地域児童センターに勤める生活福祉士の資格は1.「社会福祉法」による社会福祉士2級の資格を持つ人。2.幼稚園、小中の教師資格を持つ人。3.「乳幼児保育法」による保育教師1級を持つ人を表す。
注3.2012年8月30日および2014年2月26日にヘソン地域児童センターにて活動を見学するとともに、キムミア(金美姫)所長への、ヒアリングをおこなった。
注4.「共同育児と共同体教育」は韓国社会のすべてのこどもが階層、地域、性、障害とは関係なくだれでも平等に育てられるように福祉と教育の質を向上させるために設立された。1978年「子どもを考える会」が結成され、低所得層の子どもを対象にするヘソン保育学校が設立され、4年間20名の教師を養成した。2014年現在、共同保育園が65ヶ所、放課後教室13ヶ所、地域児童センター6ヶ所、代案学校1ヶ所で親3600人、教師350人、子ども1,800人が関わっている。