表題番号:2013A-6069 日付:2014/04/08
研究課題ナラティブ理論による言語テキストのフィクショナリティ(虚構性)の研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 安藤 文人
研究成果概要
本研究「ナラティブ理論による言語テキストのフィクショナリティ(虚構性)の研究」では、①「ナラティブ理論の適用に関する研究」と②「ナラティブ理論によるテキスト分析」の二つの試みを平行して行うことで、理論と実践の両面においてフィクショナリティ研究における新たな可能性を展望しようとした。
 ①「ナラティブ理論の適用に関する研究」においては、ほぼ計画通りに関係研究文献の調査を進めたが、特にナラティブ研究ではRichard Walsh, The Rhetoric of Fictionality. Columbus: The Ohio State University Press, 2007、物語論(Narratology)領域からはジェラール・ジュネット、和泉涼一・尾河直哉共訳『フィクションとディクション ジャンル・物語論・文体』(水声社、1991/2004)、また言語哲学の分野では清塚邦彦『フィクションの哲学』(勁草書房、2009)からは示唆を得る所が大きかった。特にフィクションとノンフィクションの差異を示す標識がテキストの内部には捉え難く、むしろ広義のパラテクスト、さらにテクスト受容のコンテクストがフィクションとノンフィクションの判別を決定している点、またそれゆえに、その判別は結局のところ個々の読者に委ねられ、あくまでも不確定に終わる点がまず作品受容の前提として確認された。
 しかし、このような事実としてのフィクション/ノンフィクション判別の不可能性を前提としながらも、そのうえでテクスト内部、その言語的構成においてどのような様態でフィクショナリティが現れるのか、(仮に最終的な判断がテキスト外部の諸状況に強く影響されるにしても)フィクショナリティを「高める」言語的特徴とは何か、という問題の価値は失われていない。本研究では、当初、漱石の初期作品から書簡として書かれた「倫敦消息」と日記体の「自転車日記」をナラティブ理論、ことにナラティビティの観点から比較検討することで、テキスト内部にフィクショナリティが生起するメカニズムを捉えようと企図していたが、その前段階として「倫敦消息」における二つのヴァージョン、つまり漱石がロンドン留学中に書き送り「ホトトギス」に掲載された明治34(1901)年版と、その後14年を経て編まれた小品集『色鳥』に掲載された大正4(1915)版とを詳細に比較し、特に大正4年版において大幅に削除された部分に注目して分析を行った。その結果、自己言及や読者への語りかけと言ったジュネットのいわゆるメタ物語世界的言説を取り除くことがナラティビティを高めながらも、それが同時にフィクショナリティをテキストに与えていく過程が認められ、両者の隣接性および類似性が明らかになった。このような知見に至る分析と考察について現在論文を作成中であり、