表題番号:2013A-6065 日付:2014/04/01
研究課題アメリカ合衆国において銃の所持規制と医療保険の制度化に困難が伴う理由を近代憲法原理の観点から検討する
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 中島 徹
研究成果概要
アメリカ合衆国における銃規制の不在をめぐっては、日本国内でも若干の先行研究が存在しているため、それらを検討することから研究に着手した。銃規制の不在に関しては、広範な国土において隅々に至るまで警察が秩序維持を実現することは困難であったこと、しかし他方で人種的差別観点からの特定人種の武装解除という意味における銃規制は存在したこと等が指摘されてきている。これらは概していえば同国の環境と歴史に銃規制の不在の根拠を求める点で、その特殊性に根拠を求めるものである。他方、本研究が着目するのは、こうした偶然の事情の背後にある原理的観点である。
それを要約すれば、自律・自助の原則であるが、それは警察力の不在の裏返しという面がある。自らの身を守るためには武装の権利が保障されるべきだという観点からのアメリカ合衆国憲法修正第2条の背後にある思考は抽象化すればそのようなものであろう。それはしかし、近代憲法原理の下では政府を通じて実現されるべきものともいえ、そうであれば銃規制こそが自然のなりゆきであったはずである。近代憲法原理を確立する一翼を担ったアメリカ合衆国憲法がなぜこれに逆行する態度をとるにいたったのかを、憲法理論の関係から考察することが本研究のテーマのひとつである。
 他方、公的医療保険制度の不在についても、抽象的には自律・自助の原則ゆえに民間保険に依存するシステムが構築されてきたと説明することが一応可能である。実際、同国初の公的医療保険制度は2014年に実施が予定されながら、共和党の反対をはじめとするさまざまな要因によって、延期を余儀なくされている。2012年の大統領選挙ではオバマの対立候補であった共和党のロムニーは、マサチューセッツ州知事時代に、オバマケアと根本的違いはない公的医療保険制度を成立させていたが、大統領選ではオバマの医療制度改革に真っ向から反対の論陣を張っていた。
これは、共和党の掲げる「小さな政府」、その背後にある自律・自助の原則という同党の掲げる基本原則ゆえであろう。しかし、公的保険制度もまた欧米の近代国家において一般化したものであり、アメリカ合衆国だけが異なる態度をとることには固有の理由があるはずであるそれを近代憲法原理との関係で原理的に検討することを本研究はもうひとつのテーマとしている。このように、銃規制と公的医療保険制度という一見すると全く異なる問題の背後にある原理を検証することで、アメリカ合衆国の「例外」性を明らかにすること、それを通じてアメリカ流のルールをグローバル化することと近代憲法原理との相克を示すことが本研究の基本的課題である。
 現在、医療保険制度改革をめぐって下された連邦最高裁判決を軸に、公的医療保険制度の導入がなぜこれほどに抵抗を受けるのかに関する論考を執筆中であり、近日中に公刊予定である。