表題番号:2013A-6040 日付:2014/04/08
研究課題インターネット環境下における国際的名誉毀損事案の解決
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 江泉 芳信
研究成果概要
 文書によって名誉を毀損されたと主張する者(被害者)が、文書を作成・公表した者(加害者)に対して損害賠償等の救済を求めるにあたり、救済を容易に認定する法律を有する国に出かけて訴えを提起する。これはLibel Tourismと呼ばれ、法廷地漁り(forum shopping)の一例である。近年、この問題が着目されたのは、インターネットの発展により、いわゆる名誉毀損文書が、ひとたびインターネットの載ったときには、インターネットにアクセスすることができる環境があれば、世界中で公表されたことになり、名誉毀損の結果が様々な地で発生したと観念されて、原告は自らに有利な結果を期待できる国で訴えを提起することができることになる。
 この現象は、イングランドとアメリカ合衆国との間で大きな問題となった。イングランドは名誉毀損の成立を比較的容易に認めるのに対し、アメリカ合衆国は表現の自由を強く保護し、名誉毀損の成立に厳しい要件を課している。その結果、名誉毀損にあたる文書が刊行されたのが合衆国であっても、その文書の一部がインターネットによってイングランドにおいて閲覧できる状態にあったときには、原告(被害者)は名誉毀損の一部がイングランドにおいても行われたと主張して、イングランド法のもとで救済を受けることができることになる。イングランドで提訴するためには、原告はイングランドでの訴訟提起に必要な経済的負担を賄えるだけの資力を有していることが必要になる。
 しかし、経済力がある原告は、イングランドにおける提訴をほのめかすことによって、アメリカ合衆国における出版、表現を抑制することが可能になる。
 Libel Tourism問題の根底には、文書による名誉毀損の問題の処理に当たって、両国の法律に顕著な相違があることを指摘することができる。すなわち、イングランドにおいては、multiple publication ruleがあり、公表はそれが行われた国ごとに別個に存在すると考えられている。その結果、アメリカ合衆国で出版された書籍によって名誉毀損が行われたという場合であっても、インターネットに搭載されたことによってその一部がイングランドでも閲覧できるときには、イングランドでも公表が行われたとされるのである。アメリカ合衆国では、最初に公表がなされた地が公表の地であり、公表は1回と観念される。このような実体法の相違が解決されない限り、Libel Tourismの抜本的な解決につながらない。
 また、両国に見られる国際裁判管轄ルールの相違によっても、両国間で生じる訴訟の解決がむずかしくなっており、この点の統一も検討しなければならない。