表題番号:2013A-6023 日付:2014/03/07
研究課題リバタリアン・パナータリズムの実験アプローチによる批判的検討
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学術院 准教授 清水 和巳
研究成果概要
行動経済学の功績は、人々が従来の経済学で想定されている合理性からシステマティックに乖離した行動をとることを示した点にあるが、行動経済学が政策的にどのような含意を有するものであるのかに関する研究は端緒についたばかりである。その中でも有力な傾向の一つがパターナリズムへの注目であり、従来の自由放任主義に対する反省がこの領域においても始まりつつある。なかでもリバタリアン・パターナリズムの新しさは、個人の選択肢を狭めないことで従来のパターナリズムのもつ強制的な性格を払拭しつつ、人々が気付かないうちに緩やかに望ましい方向へと誘導しようとする点にある。
本研究はこの動向の中でも最も注目すべきC.サンスティーンとR.セイラーによるリバタリアン・パターナリズムを素材とする。リバタリアン・パターナリズムとは、人々の選択の自由を尊重しつつも、人々の選択を厚生改善の方向へと誘導(ナッジ)する政策を構想する規範理論上の立場であり、誘導(ナッジ)に際しては行動経済学の知見を利用する。
 彼らが、実証研究を超えて行動経済学を政策提言の領域に利用する以上、規範理論との対話を回避することはできない。本研究の第一の特徴は、実証理論家と規範理論家とからなる共同研究であり、実証理論の規範的意義、規範理論の実証的意義についての検討を行うことを目的としている。この目的のために、本研究は規範理論家から提出されたリバタリアン・パターナリズムへの疑問を実証によって確かめるという手法を採っており、この点に本研究の第二の特徴がある。
具体的には、本研究は、リバタリアン・パターナリズムの堅牢性の調査を目的としている。リバタリアン・パターナリズムは、暗黙のうちに、「人々は誘導されたとしても、自分にとって結果がよければ、当人の厚生は向上する」という想定を行っている。しかし、この想定が妥当であるとしてもそれは一回限りのものではないか、誘導されていたことを知らされたならば人々の厚生は減少し別の行動様式を模索するのではないか。本研究の出発点はこの疑念にある。すなわち、リバタリアン・パターナリズムは秘教的な性格を有しており、人々に誘導の事実を知られた途端にその効果は薄れるのではなかろうか。もしそうであるならば、誘導という手法は、人々の行動の公共的なコントロールの手段としてそれほど有効ではないことになる。この仮説を実験により検討することが本研究の目的である。
 本研究は、その準備作業として、2012年度より実験デザインの構築に着手し、2013年度にパイロット実験を行った。同実験においては、第一段階として実際にナッジ政策が用いられるような状況下で人々の選択を誘導し、第二段階として誘導していたことを告知し、第一段階での選択を変更する希望があるのかを調査した。さらに、変更希望の有無や程度(支払意思額)と人々が社会的決定に対して持つ「規範意識」との関係について検討した。
 予算の制約から、回答者数(約700人)は十分なものではなく、また質問数も制限されたが、いくつかの興味深い傾向を読みとることができた。第一に、10~20%の人々は、自分が操作されていたことを知ると、それが結果的に自分あるいは社会とって良い選択であってもその選択を変更すること。第二に、選択変更には人々の規範意識(リバタリアニズム、パターナリズム、民主的手続き主義)が関連していること、である。