表題番号:2013A-6020 日付:2014/04/10
研究課題日本近代文学における本文の生成と異同、及び校訂に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学術院 教授 宗像 和重
研究成果概要
本研究は、近代文学における本文の生成とその異同を、肉筆の原稿類から活字媒体への一体的な考察としてとりあげることを目標とし、とくに個人全集を中心とした本文校訂の問題を広く視野に入れて検討を加えることをめざした。この観点から、一つは現在編集に従事している『山田美妙集』(臨川書店刊)収録の小説・評論類を主な対象とし、その草稿・原稿類、初出雑誌・新聞、初刊の単行本および流布本等を調査・検討し、その異同の実態を詳しく記録することに努めた。その際、草稿・原稿類については早稲田大学図書館本間文庫、日本近代文学館塩田良平文庫所蔵において資料の閲覧と調査をおこない、新聞・雑誌・単行本等の活字資料については、早稲田大学図書館、日本近代文学館、国立国会図書館等の所蔵資料を利用した。これらを通して、美妙の本文の生成過程をより詳細に確認できただけでなく、きわめて判読しにくい美妙の原稿が活字化されていく過程において、その翻読・編集に果たした編集者の役割の大きさについての新たな知見を得た。
あわせて、日本近代文学館所蔵の宇野浩二の草稿・原稿類にも着目し、その初期と晩年における文体や作風の大きな変化が、病気を契機とした原稿執筆の具体的な様態の違い、――すなわち四百字詰原稿用紙から二百字詰原稿用紙へ、一気呵成に書き流す執筆から一語一語に対する著しい停滞と拘泥へといった変化と密接に結びついていることを、明らかにすることができた。このことは、近代文学の本文が作者の身体性と深く結びついていることを示唆するとともに、一方ではその文体を考察するうえで、作者の個人的な閲歴や生活経験をどこまで参照すべきかという問題をも、提起しているように思われる。さらに、こうした草稿・原稿類の調査を通して、個々の作家の原稿のみならず、近代文学においていわゆる「原稿用紙」が使用されるその歴史的な経緯と流通の種々相についても考察する契機を得たが、この点については、今回十分に検討できなかった単行本の重版における紙型の問題などとあわせて、今後の課題としてさらに研究を継続したい。