表題番号:2013A-061 日付:2014/03/29
研究課題精神障害者の地域移行支援にかかわるソーシャルワーカーの人権意識に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 准教授 岩崎 香
研究成果概要
 私はこれまで障害者の人権をテーマとして研究を継続してきた。日本でも2014年に入り、障害者の権利条約(Rights and Dignity of Persons with Disabilities)が批准されたが、今回の条約には各国の障害当事者が参加し、「Nothing about us,without us!」をスローガンに条約採択までのプロセスにかかわった。また、その条文の中には、法律の前における平等な承認(第12条)、身体の自由及び安全(第14条)、個人のインテグリティの保護(第17条)などが盛り込まれている。しかし、日本の現実は、精神保健福祉法、心神喪失者医療観察法など、本人の自己決定を要さず、治療を受けさせたり、行動を制限する立法化がはかられているのである。
近年、各国が精神科病床を減らし、地域での自立生活を支援するということがあたり前になってきが、日本はまだ30万床以上に及ぶベッドを抱え長期在院者の地域への移行も始まったばかりである。しかし、その一方で、地域における生活支援は積極的に行われるようになっており、そこにかかわるソーシャルワーカーの数は年々増加している。韓国においても日本よりも遅れて隔離収容政策がとられてきたが、昨今は日本同様に地域ケアが展開されている、2008年から「障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律」が施行されている点では日本より先んじてもいる。そうしたアジア圏における精神障害者の生活支援のあり方を比較し、かかわるソーシャルワーカーの人権意識に関する相違を明らかにするとともに、各国の今後の課題を提示することが本研究の目的である。
2012年の9月~11月に韓国の精神障害者社会復帰施設協会の協力を得て、地域で働く精神保健福祉士に研修の機会を通じてアンケートを実施した。そこで103名の精神保健福祉士から回答を得ることができた。同様の調査を2014年1月~2月に公益社団法人日本精神保健福祉士協会の協力を得て、同様に地域で働く精神保健福祉士500名(無作為抽出)を対象としたアンケートを郵送にて実施した。155名から有効回答を得た(回収率31.0%)。
回答者の男女比は両国とも男性約3割、女性約7割と変わりなかった。回答者の年齢は韓国では平均35.2歳、日本では41.0歳、福祉専門職としての経験年数は韓国で8.6年、日本では12.1年、精神保健福祉士としての経験は韓国で7.4年、日本では8.1年という結果であった。双方ともに約9割が実際に仕事に従事しており、日本の方が少し経験が長い経験者が多い傾向にある。
人権意識に関して「人権を身近なものとして感じるか否か」という設問に関しては、両国ともに8割近くが感じると回答している。また、国連の「障害者の権利に関する条約」に関する周知については、約6割がある程度知っているという結果であった。韓国の障害者差別禁止法に関しては、韓国では9割以上が知っていたが、日本ではあまり知られていなかった。日本の差別解消法についても日本の精神保健福祉士の周知は4割にとどまっている。お互いの自国の障害者の人権が尊重されているかという質問に関しては、韓国では約6割が尊重されていないという回答で、日本でも約5割が同様の回答を行っている。精神保健福祉士の人権意識に関する設問では、韓国の場合権利意識が高いという回答とあまり高くないという回答がそれぞれ約3割どちらとも言えないという回答が約4割という結果であった。日本では権利意識が高いという回答が約4割、どちらともいえないという回答が約5割、高くないという回答が約1割であった。
精神保健福祉士としての実践の部分では、課題となることは何かということに関する回答としては、就労に関することが双方ともに1位であるが、2位は韓国では障害者への差別、日本では精神科医療における隔離、3位は韓国では精神科医療における隔離、日本では強制的な医療行為の順になっている。また、それぞれ自国の医療や社会保障に関する評価を尋ねる項目では、あまり充実していないという評価が多く、福祉サービスに関しては日本では「充実している、まあ充実している」という評価が約5割だったのに対して韓国では「まあ充実している」が約2割、「どちらとも言えない」「あまり充実していない」が約4割ずつという結果であった。
精神保健福祉士が精神障害者の人権に関する教育や啓発に関わっているか否かという設問では、両国ともに約半数がかかわっていると回答している。韓国では地域行事や住民との交流の場(27.2%)、教育機関における精神障害の理解や支援の方法等に関する授業等(24.3%)、福祉職を対象とした精神障害の理解や支援の方法等に関する研修会、学習会(19.4%)という順になっている。日本では、福祉職を対象とした精神障害の理解や支援の方法等に関する研修会、学習会(35.5%)、地域行事や住民との交流の場(27.7%)、地域住民を対象とした精神障害の理解や支援の方法等に関する研修会、学習会(24.5%)の順である。逆に関わっていないと回答した精神保健福祉士にその理由を尋ねたところ、韓国でも日本でも「機会がないから」と回答した人が約3割と最も多かった。かかわることに拒否的な状況というよりも与えられれば拒まないが、自分から積極的にかかわろうとしているわけではない人が多いと言える。
両国ともに精神障害者の地域生活支援という点では課題を抱えているが、その中で精神障害者の人権に関して一定程度の関心を持ち、積極的な実践を行っている精神保健福祉士の存在が明らかとなった。しかし、自国のことはある程度知識を持っていても、関心が他国にまでは及んでいない状況にある。精神障害者に関しては、共通する課題が多く散見されるが、そうした状況を共有し、今後の連携、協働に期待したい。