表題番号:2013A-007 日付:2014/04/11
研究課題民事訴訟における「手続」集中理念の系譜
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 松村 和德
研究成果概要
本研究では、民事訴訟法学と実務がめざしてきた「真実に合致した裁判と迅速な裁判」の実現のために、比較立法史、実務史的にどのような試みがなされてきたか、その系譜をたどり、その成功と失敗を検証しながら、今日の民事訴訟のあるべき姿を探ることを目的とする。そして、今年度の研究対象の中心にしたのがオーストリア民事訴訟法である。オーストリア民訴法は、わが国民事訴訟法が母国法としてのドイツ法から固有の民事訴訟法の構築をめざした大正民事訴訟法改正に多大な影響を与え、それは平成8年の民訴法改正(現行民訴法)にも引き継がれている。その影響の中心となったのが、「適正かつ迅速な裁判」実現のための手段となったオーストリア民訴法における「手続集中」理念であった。大正民事訴訟法改正では、この「手続集中」理念の影響を受け、「準備手続」の創設がなされたのである。その経緯等については、「わが国におけるオーストリア民事手続法の受容―「手続集中」理念と大正民事訴訟法改正―」(早稲田大学比較法研究所編『日本法の中の外国法』早稲田大学比較法研究所業書41号(2014)213頁以下)という論文で明らかにした。この課題研究では、本研究は、上記事前研究で対象とした「弁論の準備」のための手続形成に研究対象を絞り、大正民事訴訟法改正以降の展開を対象とすることにしたい。とくに、オーストリア法の発展に焦点をあて、研究を実施した。
1.わが国における準備手続の変遷
なお、上記で考察したわが国準備手続は、以下の変遷を辿っており、その研究成果は以下の通りである。
適正かつ迅速な裁判実現の方策として位置づけられ、大正改正の中核を形成したのは、弁論準備システムの中心として導入された準備手続(大正民訴242条、249~256条:義務的準備手続)である。大正改正におけるこの(義務的)準備手続は、昭和4年から施行され、その後2,3年の実施状況は良好である旨が述べられていた(例えば、長島毅「改正民事訴訟法法の実施の成績及び之に関する希望」法曹会雑誌8巻12号70頁など参照)。しかし、その後立法当初の意図とはかけはれ、ほとんど利用されなくなってしまった(村松俊夫「準備手続と訴訟の遅延」『民事裁判の研究』(有信堂・1955) 96頁以下に、その経緯等についての報告がある。もっとも、施行後数年で、わが国は戦時下となり、大正改正の目指したものが実現されなかったとの断定的評価は難しい)。そして、昭和23年の改正で、準備手続は例外的な運用となった(準備手続の利用がほとんどなく、裁判所法によって地方裁判所では単独体が原則となり、準備手続は例外的なもの(合議体において審理する場合で相当と認められるときに限られた)となった。奥野健一=三宅正雄『改正民事訴訟法の解説』(海口書店・1948)(日本立法資料全集別巻164・信山社・2000)2頁、20頁、48頁参照)。ところが、その後すぐに、昭和25年にまた、継続審理、集中審理による訴訟の促進と裁判の適正への改革の一環として準備手続の改革がなされ、再度、準備手続に付すことが原則的となる(この改正については、関根小郷「継続審理を中心とする民事訴訟法の改正と最高裁判所規則の制定」曹時3巻1号(昭和26年=1951)46頁以下、最高裁事務総局民事局『民事訴訟促進関係法規の解説』(民事裁判資料23号・1951)など参照。この改正条文が旧民訴法249条であり、平成8年改正まで続く。ただ、大正改正法とは異なり、義務的準備手続ではなく、あくまでも原則的に準備手続に付すことを念頭においている)。この改正も予期したほどの成果もなく、昭和31年の民訴規則改正で、準備手続の原則利用は後退し(民訴規則16条、17条)、準備的口頭弁論による弁論の準備がなされる試み(民訴規則26条)がなされた。これもうまくいかなかった(例えば、古関敏正「新件部の設置―理論と実情」曹時11巻9号(1959)1頁、最高裁事務総局民事局『民事訴訟規則の解説』(民事裁判資料55号・1956)など参照。また、これらの経緯は、司法研究所編『準備手続の実務上の諸問題』(法曹会・1989)9頁以下参照のこと)。
なお、準備手続の利用に関する条文の変遷は、以下のとおりである。
 明治民訴法第268条
 「計算ノ当否、財産ノ分別又ハ此ニ類スル関係ヲ目的トスル訴訟ニ於テ、計算書又ハ財産目録ニ対シ許多ノ争アル請求ノ生ジ又ハ許多ノ争アル異議ノ生ジタルトキハ、受訴裁判所ハ、受命判事ノ面前ニ於ケル準備手続ヲ命ズルコトヲ得。」
大正民訴法第249条 
「訴訟ニ付テハ弁論ノ準備ノ為、受命判事ニ依ル準備手続ヲ為スコトヲ要ス。但シ、裁判所ハ、相当ト認ムルトキハ直ニ弁論ヲ命ジ又は訴訟ノ一部若クハ或争点ノミニ付キ受準備手続ヲ命ズルコトヲ得。」
昭和24年改正民訴法第249条
「裁判所ハ、訴訟ニ付合議体ニ於テ審理ヲ為ス場合ニ於テ相当ト認ムルトキハ、受命裁判官ニ依リ、訴訟ノ全部若ハ一部又ハ争点ノミニ付、口頭弁論ノ準備手続ヲ為スコトヲ命ズルコトヲ得。」
昭和25年改正民訴法第249条
「裁判所ハ、口頭弁論ノ準備手続ヲ為スコトヲ得。」
昭和31年民訴規則
第16条(口頭弁論を経て準備手続に付する場合)
 「裁判所は、最初にすべき口頭弁論の期日に弁論を終結しない場合において事件が繁雑であると認めるときは、これを準備手続に付することができる。」
第17条(口頭弁論を経ないで準備手続に付する場合)
 「裁判所は、事件が繁雑であると認めるときは、口頭弁論を経ないで、直ちに事件を準備手続に付することができる。」
第26条(争点及び証拠の整理の完了の記載)
  「準備手続を経ないで口頭弁論において争点及び証拠の整理が完了したときは、その旨を調書に記載しなければならない。」
このように、わが国における準備手続による適正かつ迅速な裁判の実現の試みは、失敗の繰り返しであった。
その後、わが国民事訴訟実務は、弁論兼和解という審理方法を生み出し、その隆盛を迎え、平成8年の民事訴訟法大改正となる(その間の経緯等につき、さしあたり、今井功「争点・証拠の整理と審理の構造」竹下守夫編集代表・講座新民事訴訟法Ⅰ(弘文堂・1998)201頁以下、拙著・前掲書106頁以下など参照。また、昭和60年代からの実務改善の試みに関しては、岩佐善己ほか『民事訴訟のプラクティスに関する研究』司法研究報告書40輯1号(法曹会・1986)などがある)。そこで議論された問題意識や新法(現行法)での方策は、大正期における改正議論と共通性を有しており、そして、大正期にわが国民事訴訟法の根幹に織り込まれた「手続集中」理念は、平成8年の民事訴訟法改正の指導理念としても機能していたと評することもできよう。しかし、現行民訴法も、立法当初は、期待どおりの成果が得られたが、最近では漫然と緊張感のない状態に至っているとの指摘もなされている(「民事訴訟の迅速化に関するシンポジウム」判タ1366号4頁以下(2012)など参照)。「真実に合致した裁判と迅速な裁判の実現」は、またも砂上の楼閣となりそうであり、その点でも本研究の意義は大きいと考えている。

2.オーストリア民事訴訟法における「弁論準備」システムの変遷
 オーストリア民訴法では、「手続集中」をめざすツールは、手続形成による手続集中と裁判官の積極的訴訟指揮による手続集中に分けられる。後者については、裁判官の実質的訴訟指揮権に委ねられており、①弁論の集中(オ民訴180条3項)、②時機に遅れた攻撃防御方法の却下(同179条1項)、③遅延目的の証拠調べの却下(同275条2項)、④一部判決、中間判決による特定問題の弁論限定(同391条、393条)、⑤裁判官の釈明義務、釈明処分など(同182条以下)などがある。これについては、次の研究計画により研究する予定である。本研究では、前者の手続形成による手続集中、とりわけ「弁論準備」システムに焦点を当て、研究した(オーストリア法のこの観点からの特徴は、控訴審における更新禁止原則であるが、これも次の研究計画により研究する予定である)。とくに注目したのは、オーストリア事訴法の大改正となった1983年改正法(BGBl1983/135)(この点に関しては、Ballon,Das neue österreichsche Zivilprozeßrecht,dRZ 1984,S.301ff.,Fasching ,Die Zivilverfahrensnovelle 1981 , JBl 1982 S.68.S.120.,König, Bemerkungen zur Regierungsvorlage einer ZivilverfahrensNovelle.,JBl 1982.S.406ff.,Petrag,Überblick über die Zivilverfahrensnovelle 1983,RZ 1983.,S.105ff., Rechberger ,Pro futuro?,NZ 1981.,S.145ff., Strigl, Die ZPO- und neue `Rechtzeitgkeiten`AnwBl 1983.,S.906.,Wrabetz, Was bringt die ZPO-Reform Neu? AnwBl 1983 .S.111ff.など参照)と2002年改正法(BGBlⅠ2002/76)(この点に関しては、Beran,Klaus, Lienhart,Nigl,Pühringer,Rassi,Roch,Steinhauer,(Frany)Klein,aber fein.,RZ 2002.S.258ff.,Frauenberger,Die ZVN 2002-Neuerunger im Zivilprozessrecht.,ÖJZ 2002.S.873.,Fucik,Möglichkeiten und Grenzen der Verfahrensbeschleunigung in Zivilrechtssachen,RZ 1993.S.218ff., Kodek, Yur Zweitigkeit des Rekursverfahrens,ÖJZ 2004,S.534ff.,S.589ff.,など参照)である。制度的には、第一回期日審理方式がポイントとなる。
オーストリア民事訴訟法の審理構造は、その創設時においては、訴え提起⇒第一回期日⇒答弁書提出命令⇒(準備手続⇒)争訟的口頭弁論⇒判決の段階をとる。オーストリア民訴法が手続集中を目的として固有の制度として創設したのが、「第一回期日(Erste Tagsatzung)」である(オ民訴239条)。第一回期日は、本質的に二つの役割を有する。一つは、争いある事件を争いのない事件(口頭弁論の必要のない事件)から分離すことである。ここで、請求の認諾・放棄、当事者の欠席(欠席判決)又は和解による事件の処理がなされる。他の役割は、防訴抗弁の提出を可能し、本案の弁論前に確定することである。これにより、裁判所は、本案の弁論は特定の訴訟要件の欠缺を理由にして可能か否か及び本案の弁論前にどのような訴訟要件が明らかにされねばならないかのかを調査する権限が付与されるのである。第一回期日は、通常事件において原則義務化され、公開で実施される(ドイツ法では1926年改正草案で、第一回期日を取り入れたが、立法化されず、単独判事による審理を選択する。そして、1977年のいわゆる「簡素化法」により、早期第一回期日としてドイツ法に導入されることになった)。
事件が第一回期日で終了せず、口頭弁論が開かれることになると、裁判官は、被告に答弁書提出命令を発することになる(オ民訴248条)。
(1)1983年改正法
 本研究との関係で重要なのは、以下の点である。わが国が弁論集中の手段として選んだ①準備手続の廃止である。オーストリアでは、準備手続はほんど利用なく、合議体で意味があったが、合議体事件でも準備手続は審理の促進という点で必ずしも良い結果をもたらしていないとの評価に基づくものである。②簡易裁判所手続での訴訟促進のために書面による準備手続が改正、強化された(オ民訴448条以下)。③第一回期日の適用範囲が限定された。つまり、通常判決手続において義務的であった第一回期日が、訴訟を争うことが認められる場合には、第一回期日を開かず、被告に答弁書提出を命じることになる(オ民訴243条4項)。しかし、第一回期日において提出しないと失権するものは、答弁書において提出していないと失権することになった。これにより、単独判事の裁量による手続の促進が図られる形となっている。紛争解決のために瑕疵あるとして却下されることになっていた④提出期間の定めがある準備書面の改善の可能性が拡大した(オ民訴84条3項)。⑤他の手続における証拠調べ調書の朗読による証拠調べの実施(オ民訴281条のa)などである。1983年改正法の目標は「手続の簡素化と緊張」であり、手続集中理念と関連し、その現在状況に対応させようとした試みであった。

(2)2002年改正法
 2002年改正法では、「手続の迅速化」と「手続の簡素化」が目標された。そして、本研究との関係では、第一回期日の廃止と「準備期日」の創設である(オ民訴258条)。その他、応訴手続の改革(義務的応訴の規定、除斥期間の統一化)、欠席判決手続の改革、督促手続の改革、訴訟促進義務、教示義務の拡張、不意打ち判決の禁止、証拠手続の改革などがある。本稿の関係でとくに大正としたのが、「準備期日」の創設である。準備期日は、第一回期日の一部(和解勧試、訴訟要件の裁判)を引き継ぎ、同時に、事案についての討論、場合によっては当事者尋問や新たな証拠調べの実行ができるようになった。そして、準備手続の機能を実現するために、立法者はいくつかの措置を規定した。弁論は呼出状の送達から口頭弁論の間3週間の最短準備期日で期日指定され、そのために当事者に準備書面の交換を義務づけること、準備期日への当事者の出席の義務化などが規定される。準備期日では、当事者の出席の下で、討論後、訴訟計画が作成されることになる。ここに改正のポイントがある。なお、わが国の民事訴訟法でも計画審理が平成15年の改正で導入されたが、専門訴訟のみに審理計画は義務付けられ、一般事件は義務付けられておらず、この点の検討も含め、オーストリア法の「準備期日」による「弁論準備」システムは検討すべき重要性を有すると考えられる。

3.小括
以上、本年度の研究では、オーストリア民事訴訟法の1983年、2002年の改正において、オーストリア法は「手続集中」の理念はその基本としつつも、よりその実現をめざして、「手続集中」の手段を変容させてきていること、そして、その手段は単独のそれではなく、複数の手段によりその理念の実現が図れている点にその特色があり、この点もわが国の立法論及び実務に示唆的であるといえよう。なお、この研究成果の一部は、本間ほか編『民事手続法の比較歴史的研究』(慈学社・2014)で公表の予定である。また、手続集中の重要なツールである裁判官の権限拡張、控訴審手続については、次の研究計画により研究する予定であり、改めてその成果を公表するつもりである。