表題番号:2013A-001 日付:2014/04/09
研究課題現代政治経済学のフロンティア
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学術院 教授 小西 秀樹
研究成果概要
本研究では,TPPなどの自由貿易協定が締結されるための条件を,国内における政治家と利益集団間での交渉モデルを用いて政治経済学的に分析した.Grossman and Helpman (American Economic Review, 1995)やOrnelas(Quarterly Journal of Economics, 2005)をはじめとする先行研究では,経済の各産業の利益を代弁する利益集団が政府に政治献金を提供し影響力を行使するモデルを用いて自由貿易協定が成立する条件を考察してきた.彼らのフレイムワークは利益集団間の相対的な政治的影響力に当てられ,政府が各利益集団に対して発揮する交渉力の大きさには考慮が払われていない.これは彼らのモデルが,協力ゲーム理論でいうところのTUゲーム(効用水準が譲渡可能なゲーム)になっているからである.しかし現実には利益集団が政府に提供するのは政治献金以外にも,選挙協力,秘書給与の肩代わり,政策立案のための情報といったものも一般的である.これらは限界効用一定の仮定とは相容れないから,TUゲームとして扱うには問題がある.そこで本研究では,効用が不完全にしか譲渡可能でない(いいかえれば,移転に伴って限界効用が逓減する)交渉ゲームを用いることによって,自由貿易協定締結において政府の国内輸入競争産業に対する交渉力が果たす役割に焦点を当てた分析を行った.本研究では3国から形成される世界経済モデルを構築し,そのうちの2国が自由貿易協定を締結するインセンティブを持つかどうか検討する.その際鍵になるのは,第3国からの輸入に対する関税率(域外関税率)である.自由貿易協定を結んだ当該国は第3国からの輸入については関税を維持することができるから,自由貿易協定締結後も第3国からの輸入が継続する場合には,域外関税によって国内産業を保護することができる点である.
本研究における分析結果としては,第1に,相手国の域外関税率を所与とするならば,(もっともらしい条件の下では)政府の交渉力が強いほど自由貿易を締結しやすいことが示された.この結果は,自由貿易協定の実現には政府の強いリーダシップが必要だとする,標準的な見解を裏打ちするものとなっている.直観的な理由は,政府は自由貿易協定の締結に際し,国内輸入産業に対する強い交渉力を背景に政府は域外輸入関税率を十分に引き下げるため,貿易転換効果による関税収入の喪失が少ないからである.しかし第2に,2国が相互に字湯貿易協定を締結するインセンティブをもつかどうかという点になると,結果は逆になる.すなわち,政府の国内輸入産業に対する交渉力が強いほど,むしろ自由貿易協定は締結されにくくなる.これは域外関税率が上記のように低下する結果,各国の輸出産業に自由貿易のメリットが失われるからである.第3に,経済厚生の観点からは,締結後に域外関税率が上昇するならば世界前提の経済厚生が悪化することが示された.逆に低下する場合には,伝統的な関税同盟締結の厚生分析と同じように,貿易創出効果と貿易転換効果のトレードオフが生じることが明らかになった.