表題番号:2012B-252 日付:2013/04/01
研究課題新時代の世界文学における日本のポストモダン文学
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 国際学術院 教授 森田 典正
研究成果概要
私は本特別課題研究助成費を利用して、日本文学、とりわけ、ポストモダン文学がワールド・リテラチャーとしてどのように受容されているかを、主に、フランスのエクス・マルセイユ大学、イタリアのボローニャ大学とローマ大学で、日本文学専攻の学生や、日本文学に強い興味をもつ読者への聞き取りにより調査した。具体的には長きにわたり、海外で高い人気を維持し続けてきた、日本の代表的近代文学作家、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫らの作品の受容と、現代を代表する、いわゆる、ポストモダニズム作家、主に、村上春樹、吉本ばななの作品の受容とのあいだに質的相違はあるか、また、あるとすれば、それはいかなるものかを探るための聞き取り調査であった。エクス・マルセイユ大学とローマ大学を選んだのは、両大学の文学部日本研究科の研究協力者アルノー・ダルトン准教授、マリア・ジョイア・ヴィエンナ准教授が、多くの中世から現代までの日本文学の研究者、および、院生、学生への聞き取りにかんして、研究協力を引き受けてくれたからであった。また、両国とも日本の近現代文学は比較的身近な存在であり、多数の読者やファンもいて、受容調査に、あらかじめ、特別に諸作品を読んでもらっておく必要がなかったからである。実際に調査を始めて驚いたのは、彼らの豊富な日本文学の読書体験と知識であった。

八月末から九月上旬に行った調査の分析は終了していないが、これまでの分析結果からみる限り、日本近代文学とポストモダニズム文学の受容の差とは、私が調査前に予測していたものとは、一部において、まったく異なることが分かったきた。調査前、私が予測していたフランスとイタリアの読者の谷崎、川端、三島作品への反応は、エキゾティシズムの実感であり、「日本的」特殊な感性、美意識、死生観への関心や傾倒であったが、こうした反応は思っていたよりかなり脆弱で、逆に、フランス人、イタリア人読者個人の感性、美意識、死生観等と同一しないまでも、むしろ、共感をもって迎える傾向が強かった。逆に、調査前、私は村上や吉本の作品は、ポストモダン小説として、そのグローバルな物語的、文体的普遍性、グローバル性ゆえ、国境や、日本の文化・価値観を超えた要素が、フランス人、イタリア人の興味をそそるのではないかと考えていた。ところが、村上、吉本作品の受容を掘り下げてゆくと、意外にも、グローバル性、普遍性よりも、ローカルな特質、地方的特殊性、すなわち、ある種の現代的「日本性」に多くの興味が注がれていることが分かった。

はたして、これらが世界の読者の、日本近現代文学の今の普遍的受容の仕方であるか否かについては、アメリカやアジア諸国・地域の読者の日本文学受容を検証してみるまで、結論として導くことはできない。また、本年度は主として聞き取り調査を行ったが、書評や研究書をとおした、文献的受容研究も行わなければならない。また、ワールド・リテラチャーの概念、および、方法論からすれば、読者、批評家、研究者の受容の研究だけでは十分でなく、日本近現代文学の出版、流通の経緯や現状を把握してゆかねばならず、その点からいえば、他地域における受容研究の継続とともに、次年度以降の研究課題としなければならない。