表題番号:2012B-244 日付:2014/06/22
研究課題スポーツ・エピジェネティクスが生活習慣病関連のジェネティクスを凌駕する可能性
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) スポーツ科学学術院 教授 樋口 満
研究成果概要
 身体的特徴や疾患のリスクはある程度遺伝的に規定されている。一般的には習慣的な運動により体力を高めることで、様々な疾患リスクが軽減されることが知られているが、遺伝的な疾患リスクさえも打ち消すことができるか否かは十分に検討されていない。そこで本研究は、習慣的な運動が疾患リスクと関連する悪玉遺伝子の発現を塩基配列の修飾(エピジェネティクス)を介して抑制するという仮説のもと、体力および身体組成と遺伝要因の相互作用が生活習慣病リスクに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。本年度はその準備段階として、体力と身体組成が生活習慣病リスクに及ぼす影響について検討した。
 対象は20~79歳の男性158名とした。心肺体力の指標として、最大酸素摂取量(VO2max)を漸増運動負荷試験により測定した。筋力の指標として、握力および脚伸展パワーを測定した。また、腹部脂肪量の指標として腹囲を測定した。動脈硬化度の評価にはCadio-ankle vascular index法(CAVI)を用いた。空腹時採血を行い、得られた血液を用いて、血中のHDLコレステロール、LDLコレステロール、トリグリセリド、ApoA1、ApoB、酸化LDL、グルコースおよびインスリン濃度を測定した。血中グルコースおよびインスリン濃度からHOMA-Rを求め、インスリン抵抗性の指標とした。
 各種体力・身体組成と動脈硬化度の関連を検討した結果、最大酸素摂取量(VO2max)と動脈硬化度(CAVI)の間に強い負の相関が認められた(r=-0.710, p<0.001)。重回帰分析の結果、VO2maxは年齢および腹囲で調整した場合でもCAVIと有意に関連し、CAVIの独立した予測因子であることが明らかになった(β=-0.316, p=0.002)。また、VO2maxと関連する血液生化学指標を検討した結果、血漿酸化LDL濃度との間に負の相関が認められた(r=-0.355, p<0.001)。一方で、腹囲とHOMA-Rとの間に強い相関が認められた(r=0.374, p<0.001)。重回帰分析により、年齢およびVO2maxで調整した場合でも、腹囲はHOMA-Rと有意に関連し、HOMA-Rの独立した予測因子であることが明らかになった(β=0.339, p<0.001)
 本研究の結果より、動脈硬化度に対しては心肺体力が、またインスリン抵抗性に対しては腹部脂肪が強く関連することが示された。酸化LDLは動脈硬化の原因として知られており、本研究でVO2maxとの間に負の相関が認められたことから、高い心肺体力は酸化LDL濃度の減少を介して、動脈硬化を抑制する可能性が考えられる。今後、遺伝子多型の解析を行い、動脈硬化度およびインスリン抵抗性と遺伝要因の関連を検討する予定である。また、本年度の研究成果をベースとして、動脈硬化度およびインスリン抵抗性と遺伝要因の関係が心肺体力や腹部脂肪量により修飾されるかどうか、またその分子メカニズムをエピジェネティクスの視点から検討していきたい。