表題番号:2012B-228 日付:2013/04/03
研究課題ローカルで起こる領土化の過程から見たガリシアの多様性:援助と「ルーラル」のあり方
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 准教授 竹中 宏子
研究成果概要
●研究の目的
 本研究は、スペインにおいてカタルーニャやバスクと並んで地方主義が強いとされるガリシアの現状を把握するため、EUの共通農業政策による影響に着目しながら、村落地域の変化を捉えることを目的とする。村落地域に限定するのは、ガリシアに関する一般的な表象が「田舎(ルーラル)」または「低開発」であるからである。こうしたルーラルな特徴も、農業人口が減少するに従って、実際のところ外部からの援助で成り立っているのであるから、こうした文化表象の内実を、経済的援助による(再)領土化の問題として捉えることが可能であろう。本研究では、こうした政策や事業がローカルなレベルでどのように理解され、実践されているかを把握し、その援助を基に活動する主体であるアソシエーションが地域の表象を再創造しながら地域の境界を明確化させていく様相を人類学的に明らかにしようと試みるものである。

●研究計画および成果
 ガリシアの中でも報告者がインフォーマントとある程度の関係をもっている2地域においてフィールドワーク(夏季1回)を行った。すなわち、海岸地域である「死の海岸」地域(Costa da Morte)およびウジョア地域の主にパラス(Palas de Rei)である。いずれも、低開発地域とされ、地元の産業であった農業や漁業が衰退傾向にある地域である。フィールドワーク期間中は、文献も収集し、現地および文献調査を通じて、次のようなガリシアの現状が把握できた。
 死の海岸地域では、主幹産業であった漁業は、現在ではほとんど行われておらず、既に海の資源を観光化する動きが出ている。実際には1960年代頃からこのような観光化が開始されていたのだが、当時は観光の視点から「海」といえば地中海を指したので、リアス式海岸であり、また、大西洋の冷たい海に面した死の海岸地域は、外部者を呼び寄せる観光資源として成功しなかった。しかし1990年代から急激な変化が生じ、田舎での自然と接する生活またはロハス的な発想が主に都市民の間で重んじられるようになり、民宿的な「田舎の家(casa rural)」の普及とも相まって、死の海岸地域も観光化が進んでいる。それに拍車をかけたのが、世界的に有名なサンティアゴ巡礼であり、死の海岸地域はその終着点ともいえるべき特別な「聖地」を2点(フィステーラFisterraとムシーアMuxía)含む。このような地域の観光化に大きく関わっているアソシエーションは「ネリア(Neria)」であり、これはEUからの援助を受けるためにつくられた団体である。しかしその活動に関しても、内部から批判的な意見も聞かれ、ネリアとは異なる動きをみせながら、同様に景観の保護や地域経済を考え、改善の方向に向ける努力を重ねる集団も出てきている。このような集団は、アソシエーションという形をとらず、したがってアソシエーションが主体となって地域活性化を行うという一般的な見解に再検討を迫る現象ともいえよう。
 パラスでは酪農業や牧畜業中心の農業は衰退化の傾向を見せているものの、未だ顕在ではある。フィールドワークでは、パラス域内に位置するゴンタ(Gontá)、アルバAlbá、ウジョアUlloaという村で特に調査を行った。そこでは農業従事者の高齢化が進んでいること、また、小規模な経営が目立った。それでも何とか農業を積極的に続けていく者の中には、友人と土地を共有しながら協働(Cooperativa)する者、また、有機製法に傾斜し、大量生産ではなく付加価値での販売を狙う者も出て来ている。このような積極的な農業経営者の間で、エコツーリズム的な祭りを開催する動きがみられる。そこでは機械化する前の農具を使ったかつての農業のあり方を見せ、地元の生活も寸劇的に再現するのであるが、村全体が「舞台」となる。当然、地元の生産物も販売される。ただしこの祭りの意義は、外部から観光的に人を呼び込むだけではない。地元民にも自らがもつ資源の価値を認識してもらうことにある。
以上2地域でのフィールドワークからは、それぞれ状況は異なるものの、何かしら地元民からの新たな動きが読み取れる。死の海岸地域の場合は、一方で明らかに外部からの援助を基に地域活性化を行っている集団があるものの、他方でそれに異議を唱え、異なる動きを見せる集団もみられた。パラスの場合は、外部からの経済的援助がどのように関わっているかはまだよくわかっていないが、地元からの動きがみられる点では死の海岸地域と同じである。また、両地域において、いわゆる「知識人」の存在がみとめられた。すなわち、死の海岸地域の場合、アソシエーションという形を取らない集団は、域外で高等教育を受けた(大学または大学院)人びとによって成立しているし、パラスの祭りには農業経営者だけでなく、大学で人類学の教鞭を取る地元出身の研究者も深く関わっている。いずれの場合も、地元を資源化する動きであり、その過程で当該地域と他との差異化を実践していると考えられる。

●今後の課題
 本研究では、最終的にはガリシア全体の相違性と類似性を捉えたいがために、海岸地域と内陸地域の任意の地域においてフィールドワークを行った。それなりに状況は捉えられたものの、時間的な制約から、人類学的な微細な参与観察に至らなかった。また、援助があるのか否かについても、行政資料を得られるだけのラポールを築くことができない場合もあった。これらの反省点を基に、今後もガリシアの表象としての「田舎性」の内実を調査し、検討を続けていきたい。