表題番号:2012B-217 日付:2013/04/11
研究課題神経発生の新たな基盤分子群の探求
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 教授 榊原 伸一
研究成果概要
哺乳動物の神経幹細胞は発生期においては神経上皮と呼ばれる脳原基の中で,特有のapicalとbasal面の極性を持つ放射状上皮様細胞の形態で存在し,特有の核の上下運動をしながら,速い速度で自己複製的分裂とニューロン,グリア細胞産生を伴う分裂を行う。大部分の神経幹細胞はニューロンの産生を終える時期に消失するが,一部は生涯に渡って海馬歯状回や側脳室,第3脳室周囲の脳室下帯(SVZ)に残り,新たなニューロンを生み出し続けることで,大人になった後のある種の記憶消去や自律神経機能調節などにも関係している事が示唆されている。我々はマウス胎児および成体SVZを用いたsuppression PCR-subtraction法により胎児期・成体脳の神経幹細胞にニューロン新生が起きる部位に発現する6個の新規遺伝子(radmis,MG46,MB14,MB61,SD35,ME55)を同定した。radmis (radial fiber associated mitotic spindle protein) は特徴的なモチーフ構造を持たず,機能的に未知の遺伝子である。特異的抗体を作製し免疫染色を行ったところ、radmisは胎児期の脳室周囲のventricular zone (VZ) および成体脳の側脳室周囲 SVZに少数存在するtype-B 細胞神経幹細胞の放射状細胞突起と分裂の時に一過性に現われる分裂紡錘体に局在することを明らかとなった。またradmisタンパク質は細胞周期のM期に強く発現することから細胞周期依存的な翻訳後制御を受ける可能性が考えられた。実際Radmisには細胞周期依存的ユビキチン化複合体APC/C-cdh1の基質にみられるコンセンサス配列KEN boxがみられた。そこでKEN boxにアミノ酸置換を導入し、ユビキチン化を受けないように改変した変異型radmis遺伝子を作製し、子宮内電気穿孔法によりマウス胎児の脳室内へ遺伝子導入を行った結果、正常では幹細胞分裂期の終了時には発現が消失していたradmisタンパク質の半減期が劇的に伸びるとともに、脳室周囲でPH3神経陽性の前駆細胞の分裂の亢進が起きた。この際、TBR2陽性のSVZ細胞数の増加が一過性にみられた後、急速にSVZ細胞数が減少することから、radmisを発現し続けた前駆細胞は一時的にM期でarrestしてしまい、再び細胞周期に戻れなくなると推定された。RadmisのKEN boxを標的としたユビキチン化が起きていることを示すために、我々はさらに培養細胞に、野生型Radmis、KEN box変異型Radmisとcdh1あるいはその類似アダプターcdc20をco-transfectionしてimmunoblotによりradmisの細胞内での半減期の変化を解析した。その結果、野生型Radmisはcdh1と共発現した場合細胞内のタンパク量著しく低下するのに対して、KEN box変異型Radmisをcdh1と共発現した場合にはタンパク量の低下がみられないこと、またcdc20にはradmisタンパク量変化に影響しないことが示された。以上のデータよりradmisタンパクは神経幹細胞の分裂後は速やかにAPC/C・cdh1によるユビキチン化を受けて分解され,幹細胞内から除去されること、またその除去が神経前駆細胞の細胞周期進行に必要であることが示された。さらに胎児脳室においてradmis shRNAによる機能抑制を行ったところ、神経前駆細胞の分裂際に正常な染色体分離が阻害されることが示された。培養細胞において同様の実験を行ったところ、染色体の分離の異常を伴う分裂紡錘体の多極化を高頻度に観察された。以上の結果からradmisは神経前駆細胞分裂過程で必須の因子であり、radmiの適切なタイミングでの発現と消失が正常な神経前駆細胞の維持に必要であることが明らかとなった。
一方,MG46遺伝子を子宮内電気穿孔法によりマウス胎児脳で強制発現させたところ、神経前駆細胞の形態が異常な球形に変化することが示された。MG46遺伝子産物は細胞骨格系アクチン繊維を類似の細胞内分布を示すことから、神経前駆細胞のアクチン骨格の再編成を制御してその形態変化に関わっている可能性が示唆された。