表題番号:2012B-121 日付:2013/04/12
研究課題多言語ゲーミング環境構築によるグローバル専門知と市民知の融合
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 菱山 玲子
研究成果概要
 多言語環境におけるグローバル専門知と市民知の融合を成功させるためには,持続的な集合知サービスのモデルを設計することが不可欠である.本研究の狙いは,公的な役割を果たす機関(行政機関,NPO/NGOを含む)と市民知の融合に焦点をあて,以下の2つの側面を解明することである.1つめは,集合知としてのサービスモデルを一過性のものにとどめることなく,持続可能なモデルに移行させる要件を明らかにすること, 2つめは,1つめの側面で考察された集合知としての持続可能なサービスモデルの要件を,サービス設計のアイディアとして組み込み,これを実践の場で展開してその効果を検証することである.前者の側面に関しては,アジア・アフリカ地域のNPOを含むNPO/NGOのサービス活動,行政による情報サービス活動の事例研究として,市民知を誘発して強化するためのサービスモデル変容の必要性を考察してきた.この考察に基づき,本課題研究では,後者の集合知としての持続可能なサービスモデル設計のアイディアを,行政サービスとしての防災対策に活かす取り組みを,実践的に展開した.以下は,その報告である.
 現在,東日本大震災を契機として各自治体では,防災の推進が火急の問題となっている.特に200 万人を超える日本在住外国人(以下,在住外国人)は,その出身国によって文化や習慣が異なるため災害が起きた際には,様々な問題を抱えることになると考えられる.しかしながら,在住外国人を対象とした災害に関する意識啓発や防災情報の伝達に関しては,必ずしも十分な対策が講じられていない.また,自治体としても在住外国人への的確な防災対策を講じるためには,地域防災に関する文化的な差の影響を把握しておく必要があるが,在住外国人の災害時の行動モデルを獲得するための有効な方法は提唱されていない.
 以上から,本研究では1 つのシステムを介し,在住外国人および自治体両者への地域防災力向上を目的とする.在住外国人にはGoogle マップを活用した災害図上訓練DIG(Disaster Imagination Game)を仮想空間上で実施することで,地域災害対応能力の向上支援を行った.一方,自治体に対しては,在住外国人の災害時の行動群を獲得し,マップ上に蓄積する機能をシステム上に搭載することで災害時の在住外国人の行動モデルを獲得するための有効な方法を提案する.本研究の狙いは,行政サービス側がもつ専門知と,在住外国人が持つ市民知をICT環境で融合し,集合知を持続的に蓄積することである.
 本研究は,以下の3ステップで行った.最初に,在住外国人へのDIG の効果や特徴的な行動モデルの存在の有無を明らかにするために,在住外国人を対象とした机上DIGを実施した.机上DIGは,訓練の内容が容易であるため防災訓練を受けたことのない外国人でも簡単に参加できる上に,災害時を想定した地図への書き込み作業を要するため,行動モデルを獲得しやすい.この机上DIGの結果,同じ出身国の人が経営する飲食店に食料を調達しに行く,日本語が理解できない生徒の状況を確認しに日本語学校に行く,教会に避難する,といった,在住外国人に特徴的な避難行動を確認することができた.
 一方,机上DIGには言語的な障壁があり,意図を適切に表現できない参加者も存在するなど,在住外国人を対象にしたDIG特有の課題を把握した.加えて,当該地域の在住外国人に対して網羅的に対応する必要がある.そこで次に,より多くの参加者を呼び込める,インターネットを介した仮想空間上でDIG を実施した.仮想空間上多言語DIGは,Google マップ上で多言語によりDIGを行うもので,ユーザの母国語で入力された情報が言語グリッド上の機械翻訳サービスを介して多言語で共有する仕組みを備えている.この仮想空間上DIGを実施したところ,DIG の主要手順である「まちの構造」や「想定される被害」が共有されるばかりでなく,マーカーやコメント,線に加えて広域避難場所にはシェイブによって範囲を指定した書き込みも確認できた.
 DIG 実施前に行った「現在取り組んでいる防災対策」と,DIG 実施後に行った「今後取り組むべき防災対策」に関するアンケート調査の結果を比較すると,DIG に期待される効果は主に,地域災害対応能力の向上や防災に対する意識啓発であるが,「避難経路や避難場所の確認」や「近所や町会との密な関係」といった防災対策に関する項目をはじめとして,多くの防災対策に関する項目得票数がDIG 実施前よりも増えており,仮想空間上DIG の参加者にも,机上DIG 参加者と同等の地域防災対応能力の向上が,確認できた.
 本研究の成果により,在住外国人にはGoogle マップを活用した災害図上訓練DIG を仮想空間上で実施することで,地域災害対応能力の向上支援を行い,一方で,自治体に対しては,在住外国人の災害時の行動群を獲得し,マップ上に蓄積する機能をシステム上に搭載することで,災害時の在住外国人の行動モデルを獲得するための有効な方法を示すことができた.また,仮想空間上DIG による地域災害対応能力の向上を確認した.加えて,在住外国人の災害時行動モデルの獲得手法の有効性を確認したため,自治体にとって在住外国人に対するより高度な防災対策の可能性を示した.これにより,集合知としての地域災害対応能力の向上を図るためのサービスモデルのデザインが可能であることを,実践を通して示すことができた.
 今後の課題としては,2 点考えられる.1 点目は,仮想空間上DIGにおける機械翻訳サービスを介した際の誤訳の克服である.特に行動の内容が理解できない誤訳や,間違えて認識してしまう可能性のある誤訳に関しては,正確な翻訳が達成できるような改善が必要である.これには,同じ意味の用例を多言語で集め,まとめて管理する用例対訳の活用やコミュニティ毎に特徴的な防災言語を集めたコミュニティ別防災辞書の活用といった対策などが考えられる.2 点目は,獲得した行動群を基にしたコミュニティ毎の災害時行動モデルの生成である.今後データを蓄積することで,各コミュニティに特徴的な災害時の行動モデルが統計的に明らかとなれば,当該地域の自治体は,その特徴に応じた的確な防災支援を講じることが可能となり,在住外国人を災害弱者としないまちづくりの実現に近づくことができると考えられる.
 なお,本研究は公益財団法人新宿未来創造財団しんじゅく多文化共生プラザの協力のもと,新宿区の在住外国人を対象に災害図上訓練および評価実験を実施したものです.同プラザの皆様にここに記して感謝致します.