表題番号:2012B-076 日付:2013/04/14
研究課題多重知能、創造性、徳、モラルの測定指標統合による起業最適人材選択システムの構築
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 教授 東出 浩教
研究成果概要
 本年度は、「徳」と「モラル」の指標開発への道筋をつけることを通じて起業最適人材選択システムの基盤の一部を作ることが研究の目的とされていた。
 「徳」や「モラル」を測定する各種のインストルメントは、現状ではアジア以外のコンテクストにおいて開発されてきたものが主流で、そこにはポジティブ心理学の影響が強く見られる。一方で、今回の研究における初期のLiterature Reviewの結果から類推されることは、これらの指標作りにおいてはコンストラクトを構成する変数を、アジアそして日本というコンテクストの歴史的な影響を振り返りながら、リストアップしていくことが必要と判断された。
 従い、本年度においては、計画ではインタビューデータを用いた質的分析が予定されていたが、上述の状況を勘案の上、日本においてどのようなクリエイティブな起業家を活かす(もしくは埋没させる)コンテクストが形成されており、その中で、徳、モラル、クリエイティビティに関し、世界の中で相対的に非線形・非平衡系の社会が醸成されていると想定される日本において、より高いクリエイティビティ達成に向けて固有の強みを発揮する可能性を秘めた変数は何であるかをmeta analysisを利用しながら探索することとした。
 メタ分析においては、歴史的視点を取り入れたうえで、どのような要素が現在のコンテクスト形成に強い影響を与えているかをまず検討した。具体的には、明治維新と江戸以前の文化比較、日本建築と美術(書、食文化の影響と現状などを含む)の影響、縄文以来の古代が現代日本人の固有性へ与える影響の検討、西洋哲学・宗教・美学等の現代におけるインパクトの検討、現在のグローバリゼーションと金融資本主義の現在と将来に関する議論など広範な領域を当初の分析対象とした上でステップを踏みながらサンプルを絞り込んでいった。
 結果として、本研究で発見されてきたことは多岐にわたるが、一連の発見の中でマネージメントという視点から最も重要と判断される発見は、「そぎ落とすvsあそび・飾り」というテンションが常に存在しながら現代の日本へとつながる様々なコンテクストが形成されてきている点であり、またどちらの極においても形は違いながらも「スラック・リソース」が結果として生まれる所であろう。
 そぎ落とす、という方向性は古くは弥生時代から、その後は禅、茶懐石、武家文化などと切り結びながらコントローラー(という呼称が適切であるかは今後の課題だが)の文化を形成してきている。一方、あそび・かざり、という方向性は、おそらく弥生に対照される縄文の影響に始まり、その後は仏事や歌舞伎などをはじめとする庶民の文化と密接な関係を持っている。前者においては、そぎ落とすというプロセスが、結果として「余白」という無形のスラック・リソースにつながり、それが新たな創造性のためのインキュベータの役割を果たしている。後者ではプロセスとしての「あそび」を通じて結果としての「飾り」が有形の形態が現れるという2種類のスラック・リソースが時期を分けて混在する。「あそび」に関しては、しばしばまじめな仕事ぶりと生活態度に代弁される日本人の生活態度の裏に、有形無形の豊かな遊び心が隠されている、というホイジンガの指摘に呼応するものであるし、徳やテンションの形成という観点からはピアジェのモラルの発達理論との結合も視野に入れることが出来る発見であり、今後の日本というコンテクスト特有の変数を将来のモデルに組み入れる可能性が開かれた。
 メタ分析と並行して進められた起業家8人へのインタビューでは、この「テンション」の存在を所与とした上で、起業家やクリエイティビティが高いと判断される人たちは多くの決定を繰り返していくことになるが、繰り返しの決定プロセスにおけるavailability heuristicsは、よりリスクの高い方へのバイアスが強くかかるようになり、決定プロセスそのものも、相対的によりholisticなものとなっている。インタビュイーにより表現は違うが、「死」や「危機」を意識した上での決定という特徴が発見された。このような常に相対的には高いリスクを意識し決定を繰り返していくことが、中長期的な徳やモラルの発展に寄与していると今回のデータから想定できる。一方、徳やモラルは、常に結果として発展する、というものではなく、時にheuristicを抑制しながらも決定に影響を与え、結果として多くのステークホールダーを高い満足に導く判断へつながる傾向が成功した起業家に多い点も特筆に値する。