表題番号:2012B-014 日付:2013/03/20
研究課題リスクと法整備をつなぐ比較法と法の発信
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 中村 民雄
研究成果概要
本研究課題は、2012年度科学研究費補助金(新学術領域研究)へ申請したが採択されなかった研究課題「リスク法学・先端法学の創造・発信・挑戦―比較法力で迫る災害・金融リスクの対策支援―」(以下、リスク・先端法学研究という)の一部である。

リスク・先端法学研究は、大型共同研究として大きな問題をたてた。すなわち、経済がグローバル化した現代においては、自然災害だけでなく、金融危機や環境問題など高度に発達した資本主義経済活動に付随して生じうる各種のリスクを先進国も途上国も等しく背負う。ところが、途上国の多くは資本市場が成熟しておらず、法の支配・法治も不十分の国も少なくない。そのため、経済活動から生じうるさまざまのリスクについて、その発生を予防し、抑止し、発生時には速やかに対処し、軽減し、解消するための法や制度の整備も執行も不十分である。先進国も決して十分にそのような法整備と執行ができているわけではないが、日本でいえば1990年代初頭のバブル崩壊による金融破綻の経験、欧米ではリーマンショック・金融危機の経験から、金融監督制度の強化等が図られている。かつては先進国が途上国に法整備を「支援する」という発想だったが、今日の市場経済のグローバル化はマクロ地域全体やグローバル社会全体という視点でリスク対処のための法整備を先進国も途上国も対等に共同で考えることを迫っている。そこで、この研究では、とくに日本を含むアジア経済圏において金融や環境など各種のグローバル経済社会に生起しうるリスクに迅速的確に適応できるような法整備を、日本をはじめとするアジア諸国と相互に学び合って進めることを目標に、①基礎となる「リスク」の法学的把握と法的対応手法を考え、また②アジア諸国の法制度全般の整備状況と特定「リスク」対応に関連する法制度の整備状況と問題点を把握し、そのうえで、③今後のアジア地域全体としてグローバル化する経済に生起する各種リスクに対応する法整備の構想へと向かうことを計画していた。

 しかし、リスク・先端法学研究の科学研究費獲得はならなかった。そこで、特定課題Bの本研究においては、基礎的な研究を進めた。

第一は、リスクの法学的把握と法的対応手法についての理論的な研究である。この面では筆者に研究の蓄積がないため、自然科学でのリスクの捉え方を論じた文献、それを法学の中に取り込むにはどうすればよいかを論じた文献を中心に、資料を収集し、これまでの議論を整理する研究ノートを作成した。

第二は、具体的な事例を通して理論面の研究と結び付ける実践応用研究である。この面では、2011年度に筆者は東日本大震災復興のための特定課題研究の補助を受け(2011A-705)、すでに大規模自然災害に対する公私協働対応を実現するための法整備について、事例研究をしていた。そこで、その成果をこのリスク・先端法学研究に結びつけ、大規模な自然災害リスクへの対応のための法整備において、国境を超えた(マクロ地域的な)公私協働を実現するという局面の法整備課題を考えることにした。

 2012年度は、以上の基礎作業に徹したが、具体的な研究成果は二種類をあげることができた。

第一は、2011年度の特定課題研究と今回の2012年のそれ(上記の研究の第二の面)とを結びつけて得た成果である。
①2012年7月7日 第6回基礎法学総合シンポジウム『巨大自然災害・原発災害と法―基礎法学の視点から―』(於、日本学術会議講堂)中村民雄「想定外の大災害時の初動救援―災害ボランティアと自治体の協働-」
②2012年12月21日 日仏会館フランス事務所主催セミナー『3・11 と今後の災害法―防災と復興・補償』(於、日仏会館)中村民雄「災害時のボランティア活動の意義と法的課題―3・11 の経験から考える―」
③中村民雄「公私協働の防災法制度の設計に向けて―初動体制ガイドラインの提案―」法律時報85巻3号95-100頁(2013年3月)

 第二は、本研究課題での作業をもとに、2013年度以降の中規模または大規模の共同研究を構想できたことである。

まず、2013年度の科学研究費補助金に以下の通り応募することができた。
・基盤研究B「災害ボランティアの法的地位比較―実効的な公私協働救援制度の構築に向けて―」(研究代表者:中村民雄)
・基盤研究S「市場のグローバル化と国家の役割-金融・環境・貧困リスクへの比較法的アプローチ-」(研究代表者:上村達男、研究分担者の一人として中村民雄)
・基盤研究A「市場のグローバル化と国家の役割-金融・環境・貧困リスクへの比較法的アプローチ-」(研究代表者:上村達男、研究分担者の一人として中村民雄)

次に、筆者が属する比較法学会に、2014年度の研究大会シンポジウムの企画(下記)を提出し、2012年度末の理事会において承認を得たため、2013年度から準備を始めることになった。
・2014年度比較法学会 学術大会シンポジウム「福島事故と原子力安全規制の今後―比較法の観点から」(企画責任者:中村民雄)(2014年6月8日(於 立命館大学)に開催予定)

 以上の通り、自然災害リスクから危険事業の安全規制リスクへと次第に事例の考察対象を広げつつ、同時にリスクの法学的把握と対応という理論的な面の蓄積を進めている。これはアジア諸国との共同のリスク対応先端法制度整備事業へと発展させる基礎的な研究である。2012年度の特定課題研究Bは、これらのために有効に活用した。