表題番号:2012B-003 日付:2014/04/08
研究課題ジャーナリズム再生についての考察~非営利メディアを中心に
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学術院 教授 高橋 恭子
研究成果概要
本研究は、「非営利メディアはジャーナリズムを再生させるか」を問題意識に、米国の非営利独立メディアの設立の経緯、運営手法、マスメディアとの差別化等の調査から、新たなジャーナリズムのあり方を考察することを目的とする。
米国では2008年のリーマン・ショック以降、マスメディアの衰退が顕著に見られ、2009年に142紙の新聞が廃刊し、放送・出版・新聞業界で、約9万人が失職した。取材力の低下およびコスト削減により、調査・国際報道部門を切り捨てた新聞社や放送局は少なくない。ピュー・リサーチセンターが2009年に実施した「誰がニュースを発信しているか」の調査によれば、86%のニュースは政府や企業の広報が出所で、取材報道はわずか14%にしか過ぎない。
このようなマスメディアの弱体化をジャーナリズムの危機、ひいては民主主義の危機ととらえ、マスメディアの失った機能を補完するかのように登場したのが、非営利調査報道機関 (以下調査報道NPO)である。アメリカン大学の2011年調査によれば、全米で75団体の調査報道NPOが存在する。本研究では、大学に拠点を置き、大学のリソースを活用する調査報道NPOと、マスメディアに対するオルタナティブな報道としてスタートした最古参の非営利報道NPOを調査対象とした。
1.大学を拠点とする調査報道NPO
大学を拠点とする非営利の調査報道NPOは現在、16団体ある。大学の敷地内にあり、大学が運営するものや、大学と連携はするが、経営主体が大学でないものなど多様である。
ニューヨークにあるコロンビア大学ジャーナリズム大学院のトニー・ステーブル調査報道センター(2006年開設)は、1960年代に調査報道記者として活躍したトニー・ステーブル氏による寄付金5百万ドル(後に2百万ドルを増資)を基金化し、運営されている。その目的は、調査報道を担う次世代ジャーナリストの養成であり、プログラムはすべてカリキュラムの枠組みの中で運用されている。履修者を15人に限定し、調査報道のノウハウ、データ解析に加え、活字、映像、Web等マルチとメディアに対応できる人材を育成している。マスター・プロジェクト(修士論文)は、既存のマスメディアだけでなく、新興のオンラインメディアに公表し、高い評価を受けている。
ワシントンDCのアメリカン大学と連携する調査報道ワークショップ(IRW)は、米国の調査報道NPOを牽引するチャールズ・ルイス氏により2008年に開設された。ルイス氏はアメリカン大の専任教授として、マルチメディア型調査報道や調査報道の歴史を講義するが、IRW は10人の専従スタッフを抱えたプロダクションでもあり、ルイス氏は編集長を兼任する。ドキュメンタリー、書籍、オンライン等のマルチメディアを駆使した幾つものプロジェクトが同時に進行し、学生はインターンとして各プロジェクトに参加する。約180万ドルの年間予算の90%はロックフェラー、カーネギーなどの財団からの資金である。
ボストン大に拠点を置くニューイングランド調査報道センター(NECIR)は地元放送局のベテラン記者2名により2008年に開設し、コミュニケーション学部の地下にオフィスを構える。大学に拠点を置く利点は、大学の施設を活用することで、家賃や設備投資がいらない経済性にある。ジャーナリズムの実践を指導する教授である共同代表のジョー・バンガンディーノ氏は、フリーランスの調査報道記者とチームを結成し、地域の不正問題を暴露するコンテンツを地元の新聞社やテレビ局に提供している。学生はインターンとしてチームに参加する。2012年度の収入約70万ドルの内訳は、財団による助成金(50%)、ボストン大からの助成金(10%)、コンテンツの売り上げ(8%)、研修(25%)、個人寄付金(5%)である。73%が財団からの助成金に依存していた2009年度に比べると、財源の多様化に成功していることがわかる。中でも独自の事業として展開している高校生や外国人ジャーナリストを対象とした研修プログラムの収益は2009年から11倍に増加した。NECIRはこういった活動や財源の多様化が、地域に特化した調査報道NPOのビジネスモデルとなると期待している。

2. 最古参の非営利調査報道機関、CIR(Center for Investigative Reporting)
CIRは1977年、既存のメディアに対抗する非営利の調査報道機関として、3人のジャーナリストによってサンフランシスコに設立された。数々の賞を受賞し、輝かしい業績があるものの、新たな調査報道NPOが相次いで設立した2000年代中頃は運営に行き詰まっていた。2008年に大手新聞の編集局長として活躍していたロバート・ローゼンタール氏を代表として迎え、抜本的な改革に取り組んでいる。主な改革は以下になる。
A.専従の資金調達担当スタッフを雇用
B.活字、放送、オンラインメディアを横断するマルチメディアに対応できる調査報道チーム「カリフォルニア・ウォッチ」の立ち上げ
C.ベイエリアを拠点とするNPOメディア「ベイ・ウォッチ」との合併
ローゼンタール氏は、改革はまだ途上であり、今後はブランド名をCIRに統一させ、ブランド力を高めると同時に、他の媒体からシンジケート料をとるなど、財団からの資金に依存するのではない新たなビジネスモデルを確立すると言う。

これまでの調査からは、調査報道NPOの成立要件として、①資金の確保、 ②ジャーナリストのネットワーク、③既存メディアとのコラボレーション、④コンテンツのマルチメディア展開が挙げられる。当面の課題は、財団からの資金に依存するのではなく、持続可能なための財源の確保に尽きる。どの調査報道NPOも模索中であり、明確な回答はない。
 米国の調査報道NPOの研究は途上であり、今後も実例調査を継続し、米国の経験の何が日本で応用できるか、日本における非営利メディア構築の可能性と課題について考察していく。