表題番号:2012A-951 日付:2013/04/12
研究課題企業における人材柔軟性の規定要員:従業員のスキル・行動面の柔軟性発揮プロセスの検討
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 准教授 竹内 規彦
研究成果概要
 本研究課題では、従業員個人レベルでのスキルと行動に関する柔軟性(以下、スキル柔軟性・行動柔軟性)に焦点をあて、いかなる要因がどのようなメカニズムのもとに個人の柔軟性を高めているかを理論的・実証的に明らかにすることを目的として設定した。特に本研究課題では、組織・職場・個人からなる3階層の諸特性が、個人のスキル・行動柔軟性をいかに促進(ないしは阻害)しているかに関して、(1) 独自の仮説的な分析モデルを既存の人材マネジメント論・組織行動論の諸理論をもとに構築し、(2) その仮説モデルを実際の企業で働く従業員から収集したサーベイデータの多変量解析結果から検証することを試みた。
 人材マネジメント論、組織行動論、産業・組織心理学領域における広範な文献レビューを通じ、「職務要求―資源モデル(job-demand resource model: JD-R model)」に基づいたスキル・行動柔軟性の影響要因に関する1つの仮説を導出するに至った。具体的には、組織側の「要求」と個人側の「能力」に関する個人の適合知覚(要求-能力適合:demands-abilities fit: DA fit)が、企業の人材マネジメント施策(HRM施策)とスキル・行動柔軟性を調整する役割を果たすという仮説を導き、この検証作業を本課題で行った。特に、企業の高業績を導くとされるHRM施策の体系である「高業績HRMシステム(high performance work systems)」の各構成要素(①育成目的の業績評価、②包括的な教育訓練、③外部衡平性を促す報酬施策、④個人衡平性を促す報酬施策)が従業員のスキル柔軟性・行動柔軟性のそれぞれに果たす役割に着目し、以下の2つの仮説を設定した。

仮説1:従業員の要求-能力適合(DA fit)は、高業績HRMシステムの各構成要素と従業員のスキル柔軟性との関係を負の方向に調整する。具体的には、①育成目的の業績評価(H1a)、②包括的な教育訓練(H1b)、③外部衡平性を促す報酬施策(H1c)、④個人衡平性を促す報酬施策(H1d)はそれぞれ、DA fitが高い従業員よりも低い従業員に対して、スキル柔軟性をより高める効果を示す。

仮説2:従業員の要求-能力適合(DA fit)は、高業績HRMシステムの各構成要素と従業員の行動柔軟性との関係を負の方向に調整する。具体的には、①育成目的の業績評価(H2a)、②包括的な教育訓練(H2b)、③外部衡平性を促す報酬施策(H2c)、④個人衡平性を促す報酬施策(H2d)はそれぞれ、DA fitが高い従業員よりも低い従業員に対して、行動柔軟性をより高める効果を示す。

 31の事業所に属するホワイトカラー従業員を対象に行った質問紙調査データ(n=396)をもとに、マルチレベル分析を行った結果、仮説1b(DA fitが包括的な教育訓練とスキル柔軟性の正の関係を負の方向に調整)ならびに仮説2b(DA fitが包括的な教育訓練と行動柔軟性の正の関係を負の方向に調整)の2つが支持されることが確認された。すなわち、企業の包括的な教育訓練の実施が、DA fitの低い従業員に対して、彼・彼女らのスキル・行動両面における柔軟性をより効果的に高めることが明らかとなった。しかしながら、他の3施策(育成目的の業績評価、外部衡平性を促す報酬施策、個人衡平性を促す報酬施策)については、同様の仮説化された効果は確認できなかった。
 以上の結果から、HRM施策の中でも、包括的な教育訓練は、職務と能力面での「ミス・フィット」を抱える従業員に対し、柔軟性の発揮を促す役割を果たす重要な組織資源である可能性が示唆される。したがって、包括的な教育訓練施策に関しては、JD-Rのフレームワークから従業員のスキル・行動柔軟性の発揮メカニズムをある程度説明できると考えられるといえそうである。一方で他の施策については、必ずしもJD-Rモデルで説明しえない他のロジックが存在している可能性も浮き彫りとなった。今後、他のHRM施策と柔軟性との関係のメカニズムをさらに別のアングルから捉えることも求められるだろう。