表題番号:2012A-936 日付:2013/04/12
研究課題文化財建造物を対象とした光学測量機器調査による研究手法の開発
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 高等研究所 助教 小岩 正樹
研究成果概要
建築史学においては、古文書読解等による史料研究に加えて、建造物を直接確認する現地調査が基本的な研究方法であり、両側面からの研究成果を得ることが必要である。このうち後者の遺構調査に関しては、近年の技術開発に伴い、文化財保存科学等における分析機器のみならず、建造物の配置や形状の把握について、デジタル画像による写真測量法や、レーザー距離測量機、ポータブル三次元デジタルスキャナ等の光学測量機器の利用が始められつつある。このような機器の利用と、既存の建造物調査との融合を目的とする。本研究では、いたずらに新技術の適用に趣旨があるあるのではなく、かえって
既往の調査方法からすれば、作業内容や用いる能力が異なるため、抵抗感も覚えなくもない。しかし、新技術を用いることで新たに判明した事実があることも確かである。したがって本研究課題では、特に三次元スキャン調査を中心に、これら光学測量機器の調査への貢献の度合いを測り、かつ適切な機器の使用方法の確立や、機器自体の工夫や開発を視野に入れて、試行的に行うものである。
具体的な研究の目的は、前年度に取得した三次元データの統合処理と分析、および、新たに文化財建造物の三次元スキャン調査を実施することであった。しかし、後者に関しては目的に適した文化財の調査機会が得られなかったため、前者に集中して行った。後者に関しては、継続して調査現場の協力を求めてゆく。

研究成果は、以下に箇条書きにして述べる。

1. 出力形態、成果のアウトプットについての注意
まずは、調査の目的に則して調査精度を定める必要がある。建造物として1mm以下の精度を求めなければ稜線すなわち部材の境界線・輪郭線は定まらないが、すべての部材においてその精度でもってスキャニングを行うことは、多くの時間、調査労力、データ容量が求められる。また、アウトプットを三次元モデルとして示すならば、すべての表面に対してスキャニングを行い、完全な三次元データを作製する必要がある。しかし、特に木造文化財では、軒の垂木に象徴されるように、一点から視認することができる面は限られており、小刻みにスキャナを移動させてその都度スキャンを行う必要があり、多くの労力を要する。したがって、出力媒体が図面であるならば、遺構すべてに対してスキャニングを行わず、その図面に必要となる線や面に限って実施する方が効率的である。

2. 現況情報への注意
三次元スキャンで得られる情報は、精確な現況、すなわち破損状況である。これに対し、一般に文化財建造物のアウトプットである調査図面では、水平や鉛直、直線、平滑面、等間隔などの見なしや操作によって作製される。それらは、伝統的に培われた設計技法の意図をもって行っており、誤差・公差を越えて、建造時の意図を優先するものである。一律な三次元スキャンではそれら技法に関する考察や知識がなくともアウトプットが得られるため、注意が必要である。

3. データ処理・データ利用の注意
三次元スキャン調査の作業は、現地での測量性能のみではなく、スキャンデータの編集が必要である。編集ソフトによる原データ(点群データ)の編集作業性、PCのCPU等に関する処理速度の性能、グラフィックボード等に関する画像処理の性能などが、いずれも直接的に調査事項に関わる。また、デジタルデータであるため実態はなく、基本的にディスプレイ上のみでの利用となる(三次元プリンタの利用は現状では現実的ではない)。伝統的調査方法では、 現場で確認し、現地で同時に野帳という成果物があり、検証が可能である。また三次元スキャンは、形状把握のみが中心となり、材質、痕跡などの把握までは不可能である。

4. オペレーティング体制の注意
既往の文化財調査の方法は、基本的には伝統的な建築技法を追体験するものであった。しかし、三次元スキャナを用いた調査では、上記のように情報学に基づく異なる能力が必要となり、既存の文化財調査に求められる能力とは別のものである。

以上、必ずしも三次元スキャナを用いた調査は、一概に効率が良いとは限らず、汎用性が高いとは言い切れない。足場が組めない、環境が危険であるなどの、作業員による直接的な調査ができない場合、遺構に触れられない場合(劣化が激しい等)、測量時間に制限がある場合等、特殊な条件下では効率的であると考えられる。
しかし、三次元スキャン調査のみではなく、既往の方法との組み合わせや、ほかの調査器具と併用すること等によって、文化財調査が有意義に進む可能性がある。三次元スキャナは、得られるものは点群データなので、見方によっては高速自動型のトータルステーションとも捉えうる。中空、高所などの基準であるべき建築部位の座標情報を効率よく把握することが可能である。また、トータルステーションのように特定の基準点を設定して追う手間も省ける。例えば、調査ではまず視認によるスケッチを行い、その後にスケッチに測量寸法値や痕跡などの調査事項を記入するという段階を踏むが、スケッチを行う作業と並行して三次元スキャンを実施し、同時に組み合わせるなどスケジュールを組めば、時間や人員の短縮にもつながる可能性などが挙げられる。

今後は、まずはデータの分析結果をまとめた論文の発表と、上記考察検討に基づく三次元スキャン調査の実施を目指す。