表題番号:2012A-841 日付:2013/04/27
研究課題11~12世紀ノルマンディー地方における石造の城の発展
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教授 堀越 宏一
研究成果概要
 今までに、「統治空間としての城の生成と機能をめぐる歴史考古学的研究」(科研費・基盤研究(C)2008-2010年)では、中世フランスの公権力の根拠地だった城について、その建築史的変遷を分析し、その成果として、論文「中世フランスにおける石造の城の起源 ―王宮から天守塔へ―」(千田嘉博・矢田俊文編『都市と城館の中世』高志書院、2010年、131-160頁)において、11-13世紀にヨーロッパで石造の城が誕生・発展する過程の概要を解明することを目指した。
 その結果として明らかとなったのは、石造の城の起源が、ヨーロッパ世界の中でも特にフランス・ロワール地方にあり、それに続いてノルマンディー地方に11-12世紀の城が多く残されていることだった。
 即ち、ロワール地方で建てられた最も初期の石造城砦(ランジェ、ロッシュなど)における長方形の天守塔は、11-12世紀に、隣接するノルマンディー地方において正方形の天守塔に発展していった。2012年度には、このノルマン式正方形天守塔の建設と構造・機能に着目し、同地方に残る8ヶ所ほどの城の遺構に即して具体的に分析を行った。
 ノルマンディー公領のノルマン式正方形天守塔の典型例は、カーン城である。ノルマンディー公ギヨーム1世(=ウィリアム1世征服王)によって建設された都市囲壁のなかに設けられていたノルマンディー公の館をその起源とするが、現存する遺構は、征服王の息子であるヘンリ1世の治世(1100-1135年)に建設が始まったものである。都市囲壁の北入口の城門を整備拡張する形で、ほぼ正方形の天守塔(27m×25m)が建てられた。
 ノルマンディー地方でこの他に、方形の石造天守塔として挙げられるのは、アルク・ラ・バタイユ Arques-la-Bataille (ヘンリ1世建設。天守塔20.2m四方)、ヴァルモン Valmont (Robert II d’Estouteville, mort en 1106 建設。10.3m×9.8m)、ブリオンヌ Brionne(Robert Ier de Meula, mort en 1118 建設。20m×19.7m)、ファレーズ Falaise (ヘンリ1世建設。26.6m×22.8m)、ヴィル Vire(ヘンリ1世建設。14m×13.4m)、ドンフロン Domfront(ヘンリ1世再建。26.3m×22.4m)、シャンボワ Chambois (Guillaume de Mandeville により、1165-1189年に建設。21.4m×15.4m)の事例である。最後のシャボワを除いて、いずれもヘンリ1世時代に建てられ、その平面図はほぼ正方形をなしている。
 当初の予想に反して、意外にもウィリアム1世征服王期に遡るものがないという点で、ロンドン塔(106-1067年建設)をその嚆矢とする11世紀後半の方形石造天守塔の事例が多く残されているイングランドからそのアイディアが逆輸入された可能性も十分あることが推測できる。
 「ノルマン征服」(1066年)以後のアングロ・ノルマン期において、海峡両岸に分布する方形/ノルマン式/ロマネスク式天守塔は、その後、1200年頃に円形天守塔として完成される中世城砦の前段階であると同時に、ロワール地方に生まれた石造天守塔が、イングランドからの影響を受けつつ12世紀前半の段階では、正方形という形でまとめられていったことを示している。このような中世城砦史の重要な発展段階の特徴をより詳細に解明することを今後の課題としたい。