表題番号:2012A-831 日付:2013/05/15
研究課題山形方言におけるテンスアスペクト
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 森山 卓郎
研究成果概要
山形方言におけるテンスアスペクト
                森山卓郎2012A-831
1 はじめに
 本研究では、日本語のテンス・アスペクト体系の方言における在り方として、山形方言、および共通語を分析した。特に課題としたのは完了相(パーフェクトperfect)の在り方である。

2 完了相に関する研究
 共通語には英語の完了相のような表現は存在しない。しかし、意味的には、「時計が壊れた」が「今も壊れている」ことを含意することもあり、これを完了相と捉える見方もある。それは、その否定が「壊れなかった」だけでなく、現在時点に関連する「壊れていない」という「していない」という形があることを根拠にしている。
 ただし、肯定形では特定の形式はなく、単純な過去テンスなのか現在テンスにおけるパーフェクト表現なのかの区別は事実上できない。その点で、完了相のような扱いをすべきでないという反論も成立する。

3 山形方言における完了相的表現とその現象
 そこで注目されるのが、山形県天童市のテンスアスペクト構造である。この方言では、「たっけ」が過去を表すが、「は」を語尾につけることで現在の状態も表す。例えば、
  「あの店、去年しまったっけ」
は「去年しまった」ということだけを表すが、
  「あの店、去年しまったっけは」
は、「今もしまっている」ことを表す。そのため、
  「*あの店、去年しまったっけは、でも、今開いたよ。」
とは言えない。「は」といういわば終助詞相当の形式によって現在の状態も表すという現象は、その意味で現在パーフェクトの表現として位置付けられる余地もある。
 しかし、形態的に「は」が文末に付くという点で、一般的な形態出現順序から大きくずれることになるのも事実である。
アスペクト辞+テンス辞+モダリティ辞+終助詞類
というのが一般的な形態出現順序だからである。

4 モダリティ現象としての余地
 そこで、今回の研究の結果、もう一つの可能性について検討すべきことも示唆された。それは、「は」がいわば「現前の事態を観察するというモーダルな意味を持つ認識系の終助詞」であるという可能性である。「は」そのものは音声的にハ行転呼がない点でそもそも独立的な成分が合体したという経緯が想定され、品詞的には感動詞である可能性があると思われる。またその場合、関連があると思われるのが終助詞の「わ」であるが、共通語では、終助詞に
あれ?壊れているわ!(女性の発話)
こりゃだめだわ。(男性の発話も可能)
のように発話時点での認識を表す用法があり、いわば現前性を表すことがある。共通語では話者属性との関連が深く、文体的に使用レジスタは小さいが、現前的な認識を表す用法があることは注目される(なお、「わ」類の終助詞は九州北部方言の終助詞「ばい」などの分析にも連動し、、比較的広範囲の分布に着目した検討が必要である)。
 山形方言における完了相的現象をこうした認識的な側面から検討すべき余地があることが明らかになった。

5 今後の検討
 現段階では山形方言における完了相的現象についていかなるアプローチが最善なのかはまだ検討中である。モダリティとテンスアスペクトがカテゴリー的に相互作用をもっているという可能性も考える必要があるからである。現在、そうした観点から、さらに諸方言の体系を検討すること、ならびに発話状況とも関連した形式の体系化をめざすこと、などを課題として、引き続きその検討を進めているところである。

参考文献
工藤真由美1995『アスペクト・テンス体系とテクスト』(ひつじ書房)