表題番号:2012A-815 日付:2013/04/13
研究課題要保護成年者の自由をめぐる法的課題―欧州人権条約とイギリスの法制度からの示唆―
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 助手 橋本 有生
研究成果概要
1 居所や面会交流の決定は、高度に私的な事項であり、基本的には他者による強要は許されないものである。他方で、これらの決定は実際の生活において不可避のものであるから、判断能力を欠き自分自身で決定することができない者については、ときにその生活の質を考慮した他者からの支援が必要となる。しかし、わが国においては、判断能力を欠く成年者の非財産的利益を保護する法的手段が十分に整えられているとはいいがたい。そのため居所や面会交流について、本人の利益が十分に考慮されないまま決定がなされることがあり、問題である。わが国において判断能力を欠く者の居所や面会交流という重要な人格的利益をいかに保護していくべきか、その適切な方策を検討する必要がある。
2 そのために、判断能力を欠く成年者の代行決定に関して、わが国とは異なり、法律行為・事実行為や財産的利益・人格的利益を区別なく包括的に規律するイギリス(イングランド・ウェールズ)の法制度を参照し、わが国に得られる示唆がありはしないか探った。
3 その結果、次のような知見と今後の課題を得た。
 まず、判断能力を欠く成年者の居所・面会交流の決定をめぐるイギリス法の状況は、大きく四つの段階に分けることができる。すなわち、①王権を基にするパターナリスティックな法的保護が存在した時期(第Ⅰ期)、②精神障害者への非強制の理念が強調された法改正の結果、法による保護が失われた時期(第Ⅱ期)、③法の不備に対応するため裁判所が管轄権を拡張・行使し、判例法が形成された時期(第Ⅲ期)、④制定法が成立・施行した時期(第Ⅳ期)である。
 本研究では、第Ⅲ期において裁判所に持ち込まれた事例を分析し、法的保護措置が存在しない場合に、具体的にどのような問題が生じたのかを明らかにした。特別な規律がない状況において、既存の法的枠組みからどのような救済手段が有効と考えられたのかが明らかになり、有益な示唆を得た。
 また、欧州人権条約との関連では、同条約の国内施行法(1998年人権法)施行前・施行後の判決を分析することによって、同条約が国内裁判所の判断に与えた影響を検討した。さらに、イギリスの条約違反が指摘された2004年の欧州人権裁判所判決とその後のイギリス国内判決を検討し、同判決が国内法に与えた影響を分析した。これらの作業を通じて、欧州において最低限国家が用意しなければならないと考えられる法的保護の在り方を明らかにすることができた。
 今後は、制定法施行後(第Ⅳ期)もなおイギリスにおいて生じている問題を分析し、わが国において適切な法的保護の枠組みのあり方を検討していきたい。