表題番号:2012A-801 日付:2013/04/12
研究課題企業の研究開発活動に関する実証研究:サプライチェーンを通じた環境規制の影響
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学術院 教授 有村 俊秀
研究成果概要
 グリーン・イノベーションが、日本経済の成長戦略のキーワードの1つになっている。これを効率的に促進するためには、企業の研究開発活動がどのように行われているのかを明らかにしなければならない。
 企業の研究開発は様々な分野に渡るが、グリーン・イノベーションの観点から、環境関連の研究開発(環境R&D)に関心が寄せられている。そしてその契機の一つとして、環境規制の役割が注目されている。特に、ポーター仮説に関する検証がこれまで行われてきた。この仮説によると、環境規制は、企業がそれまで気づかなかった新たなイノベーションに結びつき、結果的に国際競争力を獲得する。例えば、浜本(1998)は、1970年代、1980年代の環境規制の強化が、同時期の日本経済の競争力強化につながっているという実証結果をえている。一方で、Arimura & Sugino (2007)は、1990年代の日本経済については、同様の結果が成立しないことを示している。国際的にもJaffe & Palmer(1997)以降、環境規制が研究開発や競争力へ与える影響については、その見解が分かれている。
 このようにポーター仮説について異なる実証結果が存在する背景には、既往研究におけるある仮定の影響があると考えられる。その仮定とは、環境規制を受ける主体が研究開発を行うというものである。しかし、実際には、環境規制を受ける主体と、その環境規制に対応するために研究開発を実施する主体が異なる可能性が考えられる。例えば、自動車メーカーが燃費に関するトップランナー規制を受けたとき、その部品のサプライヤーである鉄鋼業界が、薄型ボディ用の鉄鋼製品の研究開発を行うような場合である。このような場合において、環境規制とイノベーションの関係をより明確に捉えるためには、サプライチェーンに着目し、環境規制を受ける主体とイノベーションを行う主体とを区別する必要がある。しかし、こういった規制対象と環境R&D実施主体の乖離について取り上げた包括的な研究は、これまで行われてきておらず、その実態は明らかになってこなかった。
 また近年、サプライチェーンを通じた環境規制の影響が注目されている(Arimura, Darnall & Katayama, 2011)。サプライチェーンに着目すると、イノベーションに関してもう1つの見方ができる。近年、ステークホルダーが企業の環境取り組み、ひいては、イノベーションに影響を与える可能性が指摘されている。特に、企業がサプライチェーンのどの位置に属するかという点が重要となる可能性がある。例えば、消費者の環境意識の高まりにより、環境に優しい製品を好むようになったのではないかという指摘がある。つまり、消費者向けの最終製品を製造する企業は、消費者から大きな影響を受け、環境R&Dに積極的に取り組む可能性もあるのである。また一方で、中間製品を製造する企業の方が、顧客企業からの具体的な環境取り組み要求を受け、より積極的に環境R&Dに取り組むかもしれない。
 さらに、サプライチェーンに関しては、欧州の製品環境規制の一つであるREACH規制にも関心が集まっている。従来の環境規制では、大気汚染の規制のように、製造過程に力点が置かれてきた。しかし、REACH規制は、製造過程ではなく、製品に関する化学物質規制である。温室効果ガス(Green House Gasses: GHG)についても、製造過程からの排出削減より、製品の使用段階での排出削減を重視する考え方もある。こういった点をふまえると、環境R&Dについても、それが製造過程を対象としたものなのか、製品自体を対象としたものなのかによって、その実態が大きく異なることが予想される。
本研究では、以上の点をふまえ、環境関連の研究開発の実施状況を明らかにした。具体的には、2010年に、国内の上場企業を対象として行った調査の分析を行った。分析から、多くの日本企業が環境R&Dに従事していることが明らかになった。特に、温暖化に関する取り組みが盛んであること、次いで化学物質関連の研究開発も盛んであることが示された。これに対して、廃棄物削減への研究開発は2010年時点では、低い傾向にある。また、2004年の調査と比較すると、環境R&D実施企業の割合が6年間で10%近く上昇したことが明らかになった。環境R&Dの社会的な重要性が高まっていることが伺える。
 企業が製造過程よりも、製品に関する研究開発に力をいれていることも明らかになった。これは環境規制が製造過程から製品規制に移行しつつあることの表れであると考えられる。これまで環境経済学・経営学は、製造過程の規制を分析することが多かったように思う。今後、製品規制の理論分析、実証分析が求められていくだろう。
 また、サプライチェーンを通じた環境取り組み要求を受けている企業においては、要求する企業が、国内企業か国外企業かに関わらず、環境関連の研究開発予算をもつ傾向が高いことが示唆された。つまり、環境規制を受けている主体と、環境R&D実施主体が乖離していることを実証的に示す結果となっている。
 以上の結果は、グリーン・イノベーションの促進において、サプライチェーンが重要な役割を果たすことを示している。ポーター仮説の検証においても、サプライチェーンの視点を取り入れた分析が求められているといえるだろう。
 本研究ではイノベーションの源泉である研究開発に焦点を当てた。しかし、研究開発はイノベーションのインプットである。今後は、環境R&Dがもたらしたアウトプットである特許、あるいは生産性上昇などについての研究が必要であろう。

参考文献

Arimura, T. H. and Darnall, N. and Katayama, H., 2011, “Is ISO 14001 a Gateway to More Advanced Voluntary Action? A Case for Green Supply Chain Management,” Journal of Environmental Economics and Management, 61, pp.170-182

Arimura, T. H. and Sugino, M., 2007, “Does stringent environmental regulation stimulate environment related technological innovation?” Sophia Economic Review 52(1-2), pp.1-14,

Jaffe, A. and Palmer, K., 1997, “Environmental regulation and innovation: a panel data study,” Review of Economics and Statistics, 79, pp. 610-619.

浜本光紹,1998,「環境規制と産業の生産性」『経済論叢』, 第162 巻,第3 号,pp. 51-62.