表題番号:2012A-081 日付:2013/04/08
研究課題有効視野と眼球運動からみた自閉症スペクトラム障害の視覚情報処理方略の特徴分析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 准教授 百瀬 桂子
研究成果概要
【研究背景と目的】
 自閉症スペクトラム障害(Autism spectrum disorder: ASD)は他者とのコミュニケーションが十分できないことが主な障害の一つであり、顔表情から感情を推測することが不得意であることが知られている。例えば、顔観察時の注目点や眼球運動が健常者と異なることや、顔処理に関与する大脳皮質部位および皮質下の経路の機能低下などが報告されている。また、視覚処理領域が狭く、注意分割や注意の切り替えが苦手であることも指摘されている。健常者は眼球運動を適切に行いながら、中心視野と周辺視野の機能を補完し合い、注意を払うべき対象を検出し、それらを中心視野で捉えている。故に、ASDではこれらの中心視、周辺視機能特性に異常があるか、それらが適切に機能していない可能性がある。
 本研究は、表情読み取りをしている際の、ASDの中心視野、周辺視野の情報獲得、情報処理の機能特性を明らかにすることを目的とした。視線の動きに随伴して、視野の一部分を制限(マスク)して提示する視線随伴法を利用し、中心視、周辺視機能の機能を低下させた状態で、視覚課題中の視線(眼球運動)と回答までの時間(反応時間)、回答内容を記録・評価した。視覚課題は、全体・部分の知覚的関係を評価できるNavon課題(実験1)と、表情読み取りについての課題(実験2)の2つを実施し、ASDと健常者の結果を比較・検討した。
【方法】
 視線の動きに随伴して、視野の一部分を制限(マスク)して提示し、中心視、周辺視機能の機能を低下させた状態、マスクをしない状態の3条件で、視覚課題中の眼球運動と回答時間、回答内容を記録・評価した。視覚刺激の呈示と課題遂行中の実験参加者の視線位置の記録は、モニター一体型のアイトラッカー(Tobii 1750, Tobii Technology)により行った。実験1では、全体・部分の知覚的関係を評価できるNavon課題、実験2は表情読み取り課題を実施し、ASDと健常者の結果を比較・検討した。実験1の参加者は、健常者7名とASD 3名、実験2は健常者8名とASD 7名であった。健常者、ASDともに視力、視野の範囲、視覚疾患がなかった。ASD 2名はアスペルガー障害で、1名は高機能自閉症アスペルガータイプであった。言語性IQ(WISC-III)は84以上であり、表情読み取りに問題がないと判断した。
【結果・考察】
 実験1において,ASD、健常者共に、周辺視野マスク条件でglobal文字を回答するよう指示した場合に視線の軌跡が探索的になり,反応時間も長くなった。中心視野マスク条件ではglobal文字を回答するよう指示した場合に、ASDは健常者に比べて視線が刺激像全体に分布する傾向があったにもかかわらず、回答のエラー率は67%と高かった。同条件における健常者のエラー率は0%であった。以上の実験1の結果より,ASDはglobal処理が健常者に比べて苦手であることが示された。
 実験2では,健常者はすべての条件で正解し、表情判断時には特に目を注視する傾向が認められた。ASDの結果のうち分析可能な結果が得られたのは3名であった。この3名の周辺視野マスク条件においては、ASDにとって表情判断が難しいとされる恐怖顔を提示した場合に目に注視する傾向が認められた。さらに、感情評定も正解に近いネガティブな感情を回答し、感情評定理由も全員が目と答えた。そのほかのマスク条件では、先行研究と同様に目以外の部品から表情評定する傾向が認められた。ASDが、健常者が用いる情報に意図的に注意を向けることで表情認知能力の向上を図ることができるとの先行研究報告もあることから、中心視野のみを利用した方が正しい表情判断を促進する可能性があるといえる。
【結論】
 健常者に比べてASDはglobal処理が苦手であり、周辺視野の情報獲得とそれらの統合に問題があると考えられる。また、ASDにとって表情判断の難易度の高い顔では、中心視野のみを利用した方が目に注視する傾向があったことから、中心視野のみを適切に利用するよう支援することで,正しい視覚認識を促進できる可能性が示唆された。