表題番号:2011B-262 日付:2013/05/15
研究課題太極拳動作の解析およびその運動メカニズムの大脳生理学的解明
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 教授 鈴木 秀次
(連携研究者) スポーツ科学学術院 教授 矢内 利政
研究成果概要
太極拳は中国を起源とする武術の型を基礎とし、それに気功、軽絡学、陰陽二元説などの中国古来の理論を取り入れた健身養生術であり、意識と気(呼吸)と動作が一体となり、緩やかな動作(テンシケイ)が主となっている。その内、特に陳式太極拳ではハッケイ(突き)や震脚(シンキャク)と呼ばれる瞬時に完結する激しい動作が含まれる。熟練者では、一度動きが始まると止まるところがなく神経・骨格筋系や内臓の組織が一体となり同調して活動する。また、呼吸を整え身体をゆるめた状態で指、手、四肢、体幹を意識的に集中する動作が特徴であることから大脳認知機能への有用な効果が期待される。これらのことから太極拳を行うことによって肉体的にも精神的にも健康になる。
太極拳の効用に関する研究は多数ある。しかし、太極拳の動作そのものに関しては経験的な表現が多く、運動制御とバイオメカニクスの見地から科学的に解明した研究は殆どない。よって、本研究課題として「太極拳、特にハッケイや震脚が含まれる伝統陳式太極拳の動作を科学的に検証すること」とした。
陳式太極拳の基本動作形態は合計75の形(金剛搗碓、攬紮衣、六封四閉、単鞭、白鶴亮翅、斜行、掩手肱挙、雲手、巻肱等)がある。これらの演技を最初から終わりまで続けると約20分掛る。昨年度の研究では、熟練者が金剛搗碓の一連の動きを行なったときの身体重心変動を未熟練者と比較・検討した。結果、熟練者は一端動きが始まると腰を落とした状態の姿勢から、重心位置を左右・前後へ円滑に移動し、特に片脚立ちから対側脚への重心移動を行なったときにも片脚のみでバランスを保ちつつ重心を下げながら対側脚に円滑な体重移動を行なう動態をEMG活動と併せて示した。よって本年度は、金剛搗碓の終了時の震脚動作に限定して解析した。被験者は陳式太極拳の熟練者5名(38.8 ± 4.5 yr, 1.69 ± 0.07 m, 69.9 ± 9.9 kg)と初心者4名(40.0 ± 2.2 yrs, 1.69 ± 0.04 m, 68.8 ± 7.2 kg)であった。熟練者の内、1名は中国全国武術選手権大会太極拳部門準優勝者(達人)であった。試技中の動作は3次元動作解析システム(Motion Analysis社製)を 使用し、全身から計34箇所の位置データを記録し、3次元解析した。筋電計はWEB-5500(日本光電社製)を使用し、左右の脊柱起立筋、大腿直筋、外側広筋、大腿二頭筋、前脛骨筋、内・外側腓腹筋の計14ヶ所をテレメータから記録、解析した。地面反力は、キスラー社製の計測装置を用いて2 kHzで測定した。キネマティクスは得られた位置データから上肢、下肢の各関節角度、角速度、角加速度、頭頂、つま先の変位、速度、加速度、身体重心変位、速度、加速度を算出した。
結果、熟練者は初心者に比べ、地面反力(鉛直方向成分:7764 ± 624 N vs. 4551 ± 518 N; mean ± SD , p < 0.05)、片脚つま先の床面に到達するまでの最大加速度(31.6 ± 3.7 m/s2 vs. 22.7 ± 5.3 m/s2 , p < 0.05)が顕著に大であった。特に達人においては10,719 Nと自体重の15倍を超える力が発揮されていた。このときの達人は、左軸脚外側広筋から大腿直筋、脊柱起立筋、そして反対側の脊柱起立筋、外側広筋、大腿直筋へと時空間的な加重によって爆発的な加速度を産み出し、力発揮の源となったと解釈でき、達人の技の一端が科学的に裏付けられた(研究代表者 成果1)。
その他、太極拳動作の特徴として脳の興奮性と呼吸様式が挙げられることから、脳波計測におけるアーチファクトの問題(研究協力者 成果2)、及び呼吸様式の違いを力学的に検討した(連携研究者 成果3)。