表題番号:2011B-108 日付:2012/04/09
研究課題混晶系強誘電体Ba(Ti1‐xZrx)O3における巨大誘電応答とヘテロ構造ゆらぎ
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 小山 泰正
(連携研究者) 大学院理工学研究科 助手 塚崎 裕文
研究成果概要
 変位型強誘電体BaTiO3 でのTiイオンの一部をZrイオンで置換した混晶系強誘電体Ba(Ti1-xZrx)O3 (BTZ)では、室温付近でのZr組成の増加に伴い、強誘電正方晶(FT)相から強誘電斜方晶(FO)相、強誘電菱面体晶(FR)相、さらに常誘電立方晶(PC)相へと相変化することが報告されている。ここでBTZでの興味深い特徴は、x=0.08組成付近において、3万を越える巨大な誘電異常を生じることである。しかし、この巨大応答を生む物理的起源については、現在でもその詳細は不明のままである。そこで本研究では、巨大応答の起源を理解するため、回折法におけるフリーデル則の破れを利用して、BTZにおける強誘電状態の結晶学的特徴を明らかにした。具体的には、透過型電子顕微鏡を用いて、BTZにおけるZr置換、すなわちランダム場の導入に伴う強誘電状態から常誘電状態への変化、ならびにヘテロ構造であるナノ・メソスケール強誘電分域構造の特徴について、その詳細を調べた。
 観察の結果、BTZにおける強誘電状態は、室温でのZr組成xの増加に伴い、BaTiO3のFT状態からx=0.02付近でFO状態、x=0.06付近ではMA型単斜晶状態へと変化することが明らかとなった。また、x≧0.11にはPC状態からMA状態への直接転移も存在した。ここでMA状態が存在する組成域の中で、0.06<x<0.11での注目すべき特徴は、加熱による(MA→PC)逆変態過程においてナノスケール分域(NSD)状態が出現すること、冷却によるMA状態の出現が特異な緩和現象を伴うことである。特にNSD状態では、分域全体での平均としての立方対称性が、ナノ分域での単斜晶系とは異なっており、階層による対称性の相違が生じていた。冷却速度に依存する緩和現象については、冷却速度の遅い(PC→MA)順変態の場合、中間温度域に(PC+FT)共存状態が出現すること、一方、速い場合において順変態は完全に抑制されることが分かった。結局、BTZで観察される巨大誘電応答は、冷却過程で生じる特異な緩和現象に直接関係することが理解された。
 x=0.08付近での強誘電相転移に引き続き、x≧0.11で生じる(PC→MA) 直接転移の特徴を調べた。まず誘電率測定から、(PC→MA) 転移温度はZr組成の増加と伴に減少し、x=0.20付近において室温付近となることが分かった。そこで0.19≦x≦0.25組成を有するBTZ試料を室温で観察することにより、Zr組成の変化を通して(PC→MA) 相転移の特徴を明らかにした。その結果、PC/MA相境界に近いPC状態は、<110>および<001>分極成分を持つナノ領域から成ることが明らかとなった。さらに、<001>と<110>分極成分を合成することにより、各ナノ分域の分極ベクトルの方向を決定した。ここで合成によって得られる分極方向はFR状態の<111>方向の一つに平行である必要はない。実際、本研究ではFR相を特徴付ける{110}双晶構造、すなわち109°分域構造の存在を見出すことはできなかった。よって、PC/MA相境界に近いPC状態は、単斜晶ナノ分域から成るナノ強誘電分域状態であり、PC状態での立方晶系の対称性は、分域全体を平均化して得られる巨視的な対称性であることが分かった。結局、(PC→MA)強誘電相転移は、単斜晶系の対称性を持つナノ分域の合体、再配列、および成長を通して進行することが結論された。