表題番号:2011B-082 日付:2012/04/12
研究課題企業とマーケットの相互作用:マイクロストラクチャーと財務戦略の学際的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 教授 宇野 淳
(連携研究者) 小樽商科大学商学研究科 准教授 保田 隆明
(連携研究者) 立教大学 経営学部 助教 柴田 舞
研究成果概要
(1)自社株買いにおける流動性仮説の実証分析
企業のペイアウト政策の選択における「流動性仮説」を検証した。
企業のペイアウトのレベルや手段が企業価値に影響を与えることはないというMiller and Modigliani(1961)の配当無関連命題が成立するための重要な仮定の一つは取引コストが存在しないことである。しかし、現実の世界では株主が配当を受け取るにはコストがかからないが、自社株買いの場合は証券会社への手数料やビッド・アスク・スプレッドが取引コストとして存在する。したがってBanerjee 他(2007)が指摘するように、他の仮定が同一であれば、配当無関連命題からのインプリケーションは、流動性が低く取引コストの大きい銘柄ほど配当を支払う傾向にあるということになる。
近年、日本企業の株主還元は、ほとんどの企業が配当を実施し、一部の企業がその上乗せ的に自社株買いを行っており、自社株買いのみで株主還元している企業はほぼ存在しない。日本では自社株買いが実質的に解禁されてからまだ時期が浅いということの影響も否定できないが、自社株買いを行う上での何らかの制約要因が存在することも考えられ、配当と自社株買いが代替的に用いられている米国以上に流動性仮説の検証は意義深く、日本ではなぜペイアウトに占める自社株買いの存在が薄いのか検証する必要性は高い。また、日本では市場流動性に加えて株主構成も流動性仮説の検証を促す状況である。株主にとって、流動性とは保有株式の売却の容易さを表すものであるが、持合い株主のように長期保有の場合と短期保有の株主では、流動性の重要性は自ずと異なるはずである。長期保有では安定配当をより重視するであろう。したがって、持合い株主が存在する日本市場においては、より配当重視のペイアウトになることが想像され、日米の株主還元策の違いは、日本企業の保有構造の特徴と深く関わっている可能性がある。本研究では、株式の流動性と保有株主の流動性選好の度合いによって企業の還元政策が影響を受けている可能性を検証する。
 結果は、以下のように要約できる。流動性の高い企業ほど、また投資ホライズン(期間)の短い企業ほど市場での自社株買いを開始する傾向にある。自社株買い金額の規模やペイアウトに占める割合も高くなる。これらは流動性仮説と整合的な結果であり、花枝, 芹田(2008)のサーベイを実証分析にて裏付ける結果である。本研究の貢献は、以下の 2 点である。まずは、ペイアウトと流動性に焦点を当てた研究としては、筆者らが知る限りわが国で初めてである。二つ目は、自社株買いの歴史が浅いわが国において、流動性および投資ホライズンが市場買付による自社株買いを実施する制約要因となっている可能性を示唆するものであり、ペイアウトにおいて自社株買いの選択肢を機能させるには流動性向上に取り組むべきという実務的な視点を提供したことである。

(2)株式取引の高速化と流動性へのインパクト:東証アローヘッドのケース 
株式市場における取引スピードの高速化は流動性に影響するか.2010年1月に稼働した東京証券取引所の新システム「アローヘッド」により取引が高速化した影響を,東証1部上場銘柄について導入前後で比較したところ,約定件数の増加と約定サイズの縮小という取引パターンの小口高頻度化への変化が見られた.これとともに,投資家の即時執行コストを示す実効スプレッドが低下したが,その減少幅はアローヘッドの影響の大小により異なる.顕著な変化を示したメッセージ・トラフィック・パターンを銘柄別に推計し,流動性指標との関係を検証したところ,メッセージ・トラフィックが高頻度化した銘柄ほど取引後の逆選択コストが増加し,流動性供給リスクが上昇したという関係が推定された.この結果は米国市場で逆選択コストと実効スプレッドがともに上昇したのとは異なる.東証では,高頻度化のもとで流動性供給競争が激化し,これが流動性供給の対価と実効スプレッドの低下に寄与したものと推察される.市場における流動性供給環境が大きく変化したことを示唆する結果である.