表題番号:2011A-839 日付:2012/04/09
研究課題日本的雇用慣行と長時間労働の規定要因
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 准教授 黒田 祥子
研究成果概要
本研究では、日本人の労働時間がなぜ長いのか、といった問題意識のもと、日本・イギリス・ドイツの労働者のデータと、日本の労働者と勤務先企業の情報とをマッチングさせたデータを用いて、労働時間に関する企業の需要行動を考察した。
先行研究では、国毎の労働時間の長さの違いが生じる要因として、労働供給側にその理由を求めるものが大勢であった。しかし、労働時間は必ずしも労働者が自由に設定できるとは限らず、労働時間の違いは労働需要要因によっても生じているはずである。そこで本研究では、労働の固定費(採用・解雇や教育訓練などにかかる費用)が大きいために雇用者数よりも労働時間を多く需要する企業側の行動が、日本人の労働時間を長くしている1つの要因になっている可能性を検証した。
日本の労働市場では、賃金カーブの勾配が急であることや不況期に残業調整と労働保蔵が観察されることがしばしば指摘されてきた。これは、他の国に比べて日本企業が負担している労働の固定費が相対的に大きく、そのことが長時間労働の要因の1つになっている可能性を示唆する。そこで本研究では、平時に企業が労働者に対して残業をさせておき、不況になった際にその残業時間を削減し人件費の調整を可能にすることで、高い固定費を投じた労働者の雇用を保護するという、いわゆる「残業の糊代(バッファー)」説が実現している可能性を、日本、イギリス、ドイツの3か国で就業するホワイトカラー男性正社員を対象に行ったアンケート調査のデータを用いて検証した。具体的には、労働時間に対する企業の労働需要関数を、企業が各労働者の労働時間の下限と上限を設定することを織り込んだフリクション・モデルで国別に推計したところ、日英独のいずれの国でも、労働の固定費の大きい労働者ほど、企業が長時間労働を要請する傾向があることが明らかになった。日本では企業特殊訓練をはじめとする労働の固定費が大きいため、日本人の長時間労働は企業側の合理的な要請を反映したものと解釈できる。ただし、固定費が高い日本企業においても、上司の職場管理の方法によっては労働時間がある程度短くなりうることもわかった。このことは、非効率な長時間労働については職場管理の工夫次第で削減できることを示唆する。