表題番号:2011A-614 日付:2013/04/01
研究課題フィギュアスケーター・ダンサーの姿勢制御機構の解析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) スポーツ科学学術院 教授 彼末 一之
研究成果概要
姿勢制御を困難にする「眼が回る」状態を産み出している原因として、眼振と呼ばれる無意識的で不規則な眼球運動の発現がある。生理学的に、眼振は、回転刺激を感知する半規管もしくは耳石器からの眼球運動への信号入力によって、回転刺激による視覚の歪みを最小限に留める反射である。回転中はその刺激により、眼振が起こることは明白であるが、回転を終えた後であっても、定常状態に戻るまで眼振はしばらく続き、これを回転後眼振と呼ぶ。回転後眼振の持続時間は、回転訓練により減少することやスポーツ選手は回転後眼振の持続時間が非スポーツ選手に比べて明らかに短いことが報告されている(Clement et al. 2002)。一方で、スポーツ選手はその前庭系の半規管からの入力に誘発される眩暈を、回転中に随意的に視覚入力を制限することで回転後の眼振を防止する戦略を競技経験則から取っていることが言われている。しかし、これまでにスポーツ選手と一般人について視覚入力条件を変化させた場合の回転後の前庭反射の神経機構を検討した研究はない。そこで、本研究では、回転系競技であるフィギュアスケート及びダンスを専門種目とするスポーツ選手6名(アスリート群)と一般人6名(コントロール群)を対象として、それらの関係を明らかにすることを目的とした。
方法として、133 degree/secの速度で回転する椅子に着座した被験者の回転中及び回転後眼振を眼電図(EOG)を用いて測定した。その際の視覚入力条件は、眼球から30cm先に位置する球状の目標物を注視するFixation条件課題(以下、F条件)と、目標物を置かず、視覚入力を制限しないNon Fixation条件課題(以下、NF条件)、目隠しゴーグルを用いて視覚入力を遮断するBlind条件課題(以下、B条件)の3種類を行った。解析では、それらの条件で得られた眼電位から緩徐相を抽出し、その積算値から各条件における眼振の大きさを比較検討した。
その結果、回転後眼振の積算量は、コントロール群ではF条件、NF条件で同等量の約150 degreeとなった。アスリート群では、F条件で約130 degreeとなったのに対し、NF条件では約80 degreeとなり、視覚入力条件の違いによって回転後眼振に差が見られた。また、B条件ではどちらの群においてもそのほかの2条件課題よりも有意に大きくなる傾向が見られ、コントロール群で約400 degree、アスリート群で約550 degreeとなった。
以上のことから、視覚入力を遮断した環境においては、眼球運動制御に前庭系の入力のみを直接受けることから眼振の積算量が大きくなることが予想される。それに対して、視覚情報入力を許容した場合視覚系の入力によって、前庭系からの入力が抑制され、その結果、積算量が減少したと推察される。本研究から、これまで経験的にスポーツ選手が回転中の随意的な視覚入力制限によって回転後の眩暈を防止を行っていたことが、科学的に真実である可能性が示唆される結果となった。しかし、その詳細な脳内メカニズムについては今後研究を進め明らかにしていく必要があると考える。